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脱完璧宣言;完璧な介護なんてない。すべてにおいて、落とし所を探る現実感を持とう!

介護の落とし所

完璧な介護なんてない!

自分を愛してくれた親が弱ってしまうのは、誰にとっても辛く苦しいものです。そうした親のためを思って、いろいろと手を焼いても、親はそれに感謝をしてくれなかったりもします。

子供は託児所に預けているのに、親は自分が直接みないといけないということはないはずです。極端に言えば、身寄りのない独居の要介護者だって、社会的なサポートを受けて生きています。

本当は、子供とは常に一緒にいて、親とも一緒にいられたら良いのかもしれません。しかし、それでは自分の人生が回っていきません。結局のところ、子育てにも介護にも、自分として関われる限界があります。その限界を越えようとするのは、ある意味でエゴでもあるわけです。

自分自身、過去になにかを完璧にやれたという経験は、どれほどあるでしょう。それほど、誇れるような完璧な成果などないのが、普通の人生ではないでしょうか。そうした中、介護だけ完璧にやれるなんてことはないと思います。

自分の人生を犠牲にしすぎない

親のために、自分の人生を犠牲にしすぎれば、結果として親を恨むことになるでしょう。親としては、そんなことは望んでいないはずです。ただ、寂しい思いをしたくないと、それだけのことだったりします。

もちろん、直接、親のところに顔を出せたらよいでしょう。でも、それができないときは、SNSなどを使ってちょっとしたコミュニケーションをとれたら、それでいいケースもあります。レスパイトだって、必要です。

不完全な人生において、もがきながら、誰もがまずは自分のことを考えて生きています。そこをおろそかにしたまま、他者の人生のすべてを背負うなんてことはできないはずです。特に、介護のために仕事を辞めてしまうのは(独立して成功できる場合を除いて)よくないことです。自分の自立のためのお金も稼げなくなってしまえば、親と共倒れになってしまうからです。

落とし所を探るということ

親だって「あなたのせいで、自分は不幸になった」だなんて、子供に言ってほしくないわけです。まずは、自分の幸せをきちんと確保することが第一です。その上で、そこから幸せをわけてあげることができたら、最高です。

幸せというのは、不思議なもので、いくら他者にわけてあげても、減ったりしないものです。自分自身がなにかを楽しんで、友達とお酒を飲んで笑って、介護の話はそれからです。

もちろん、要介護者の希望を聞くことも大事です。とても笑えない状況にある人も多いでしょう。しかし、人間というのは、幸せだから笑うのではなくて、笑うから幸せになれる生き物だったりします。無理にでも笑うことをしないと、私たちは前に進めないのです。

「それぐらいで、もう十分だろう?」

介護においては、誰も、こうした声をかけてくれたりはしません。だからこそ、時には、自分と同じように介護に苦しむ人々と意見をかわしたり、一緒にお酒を飲んで愚痴をいったりすることがとても重要なのです。そうした仲間との時間を通して「これくらいで、いいよね」という気持ちも湧いてくるからです。
 

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