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【緊急提言】認知症サポーター養成講座を、小学生が受けることの問題点について議論すべきだ

【緊急提言】認知症サポーター養成講座を、小学生が受けることの問題点について議論すべきだ

認知症サポーター養成講座とは?

認知症サポーター養成講座とは、大介護時代に突入している日本において、認知症に対する正しい知識と理解を広げるための活動です。特定非営利活動法人である地域ケア政策ネットワーク全国キャラバンメイト連絡協議会が実務を担当しています。

この講座を受けると「認知症サポーター」として認定される仕組みになっており、現在まで900万人を超える人が受講し、認定されています。介護への理解を、介護業界の外に広げる活動としては、日本でもっとも成功している活動と言えるかもしれません。

900万人を超えるほどですから、本当に多種多様な人々がこの講座を受けています。地域住民はもちろん、高齢者との関わりの多い企業などは、全社単位で受けるところもあります。現在は(もちろん自治体にもよりますが)特に小学生に対して、認知症サポーター養成講座を届ける活動が強化されてきています。

理想を理解するという講座の目的

厚生労働省によれば、この活動の目的は(1)認知症に対して正しく理解し、偏見をもたない(2)認知症の人や家族に対して温かい目で見守る(3)近隣の認知症の人や家族に対して、自分なりにできる簡単なことから実践する(4)地域でできることを探し、相互扶助・協力・連携、ネットワークをつくる(5)まちづくりを担う地域のリーダーとして活躍する、という人材育成です。

どれも理想であり、実際に認知症と向き合っている人にとっても「本当にそうなったら嬉しい」というものではあります。もちろん、この活動自体には、大きな意義があります。ただ同時に、これらは達成困難な理想であり、だからこそ、こうした教育が強化されつつあるということを、大人であれば理解できます。

問題は、この講座を子供(特に小学生)が受ける場合です。子供は、こうして教えられたことが、どの程度の強制力を持ったものであるか、判断する基準を持ちません。大人であれば「いつかはたどり着きたい理想だけど、少しずつだよね」という理解ができます。しかし子供の場合は、素直にその内容を義務として受け止める割合が高くなるはずです。

ヤングケアラー問題は、実質的にネグレクト問題である

おおむね18歳未満の子供のうちで、家族の介護を行っている子供を特にヤングケアラーと言います。日本のヤングケアラーの数は、実はまだ正確に把握できていません。なんとか信頼できる調査結果から類推すれば、日本では最大で5%程度(20人に1人)の小学生が、家族の介護をしています

ヤングケアラー問題は、子供が介護労働に従事することで、様々な問題が生じるものと理解されているかもしれません。しかしこの理解には、決定的に抜け落ちている視点があります。それは、ヤングケアラーがいるところでは、ネグレクト(育児放棄)が同時発生しているという事実です。

本来は大人が介護をすべきところ、とても大人だけでは手が足りず、子供がそこに駆り出されています。大人だって、子供に介護をさせたいと思っているわけではないでしょう。それでも仕方ない「戦場」と言ってよい状況において、大人は、子供の子育てと十分に向き合えているはずもありません。

ある小学生のケースを考えてもらいたい

Aさんは、小学4年生の女の子です。母子家庭で、一人っ子です。そして、認知症の祖母と同居をしているという状態です。母親は、昼間の仕事だけでなく、夜も掛け持ちで仕事をしています。Aさんは、家事の手伝いをしながら、祖母の認知症と向き合っています。

母親は、朝早く家を出て、夜遅くまで帰ってきません。Aさんは、祖母の介護を頑張ってこなしていますが、祖母からは暴言や暴力を受けることも多くあります。それでも周囲に頼れる大人はいません。Aさんに子供らしい時間はなく、宿題もほとんど手につかず、睡眠不足から授業中も寝てしまいます。

ある休み明けの月曜日、Aさんは友達から、ディズニーランドのお土産をもらいました。キーホルダーでした。Aさんは、まだ、ディズニーランドに行ったことがありません。そこでその夜、母親に「ディズニーランドに行ってみたい」と伝えました。しかし母親からは「おばあちゃんが病気なんだから、我慢しようね」と言われます。

Aさんは、とてもモヤモヤしました。本当は、ピアノを習ってみたいし、バレーボール部にも入りたいと思っています。ですが、そうしたことは、祖母の認知症を考えたら不可能だと理解しています。ですから、こうした本当の希望は、母親に伝えていません。無理を言えば、母親を苦しめることになるとも感じているからです。

ですが、半日程度のディズニーランドくらいならと思って、勇気を出して「ディズニーランドに行ってみたい」と言ってみたのです。しかし、それも「おばあちゃんが病気なんだから、我慢しようね」ということで、諦めなければなりませんでした。Aさんは、こうした自分の置かれている環境に対して、疑問を感じ始めていました。

そんなある日、Aさんは、学校で認知症サポーター養成講座を受けました。そこでは、カッコイイお兄さんやキレイなお姉さんたちが、認知症に対して、自分たちがどのように対応すべきかという理想が語られました。この講座を受けたAさんは、認知症の対応に我慢ができなくなってきている自分が責められているように感じたのです。

Aさんは、自分が間違っており、もっと我慢して頑張らないといけないという意見を、宿題の作文に書きました。自分がモヤモヤしていること自体が、情けないとも述べられていました。この作文を、学校の先生は、花丸をつけてAさんに返却しています。その後、Aさんは不登校になりはじめるのですが・・・

※このAさんの話はフィクションですが、かなり近い話が実在しているという報告をもらって執筆されています。

子供の権利が侵害されてしまう

みんなで認知症の対応をしましょうというのは、素晴らしい理想です。同時に、みんなで子供の権利を守ることも、大切な理想のはずです。そして、ヤングケアラーのいるところでは、この2つの理想がぶつかりあっています。

人類は、こうしたぶつかり合う理想と向き合いながら、発展してきました。ですから、理想のぶつかり合い自体は、むしろ、あってしかるべきことです。問題は、そうした理想のぶつかり合いを、小学生レベルの子供に押し付けてよいのか、という点です。

一方の理想においては、認知症の介護はみんなで行うということが述べられます。しかし、もう一方の理想では、未成年の子供による介護は児童労働であり、子供は介護をしてはいけないはずなのです。恐ろしいのは、この一方の理想だけが強調される中で、児童労働が正当化されてしまうかもしれないという部分でしょう。

「地獄への道は、善意で舗装(ほそう)されている」というように、ここは、非常に難しいところです。これまで何度も述べてきたことですが、2025年には、認知症に苦しむ人の総数は700万人にもなります。軽度認知障害(MCI)まで含めると、この数は1,300万人にも膨れ上がるのです。介護の担い手が足りなくなるのは明白です。

こうした状況に対して、私たちの社会は、どこまで、子供を介護労働力として使うのでしょう。「みんなで支え合う」という話を、まだ判断力が養われていない子供に対して行えば、それは「子供が支える」という現実に直結してしまわないでしょうか。

認知症サポーター養成講座は、非常に優れた取り組みです。大きな広がりも見せてきています。だからこそ、これを小学生が受けることの問題点について、私たちは慎重な議論をすべきだと思います。ぜひ、認知症サポーター養成講座の関係者の皆様にも、議論を開始していただきたいです。

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