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親の介護は恥ですか?エピソードから考えてみる

親の介護は恥ですか?エピソードから考えてみる

親の介護は恥ですか?

介護生活に向き合っている方に単純な質問をしたいと思います。親の介護は恥ですか?少し質問を変えてみます。親が道に迷ったり、排泄の失敗をしたり、介護サービスを使わなければならないことは恥だと思いますか?この質問に対するあなたの答えは、あなたが介護を続けていく上でバーンアウトするかしないかに関わる重大なものです。

介護保険制度が始まり、介護の社会化が進み、介護という言葉も一般用語として定着しました。要介護認定者数も平成29年5月時点で全国で600万人を超えており(WAM NET)、予備軍の人々や、要介護者に関わる家族の数も想定すると、多くの国民が介護というフレーズに何らかの関わりを持つ時代となりました。

ここまで一般的になって来たにも関わらず、介護は、実際にそれが自分の身に降りかからないと、実感を持てないものでもあります。中には、介護サービスを利用している親と同居しているにも関わらず、介護生活が自分の世帯に始まったと自覚を持てない人も少なくありません。

さらに、冒頭の質問のように、その介護生活に対して「恥」という認識を持っている人は、とても苦しい状況を自ら生んでいます。あなたは、そうではありませんか?または、あなたの家族がそうした認識になっていませんか?自分ごととして、受け入れないと、介護生活はまさに地獄と化します。

エピソード1:あるエリートの場合

Aさんは誰もが聞いたことがある大手商社にお勤めのビジネスパーソンです。そして同居するAさんのお母様は認知症で要介護2の認定を受けています。お母様の介護を主に担っているのはAさんの奥様であるお嫁さんです。

ある時、奥様からお母さんではなくて夫のAさんについての相談がありました。「主人がお母さんに対していつも強い口調で怒鳴っているんです。お母さんが可哀想になってしまって・・・」

私はAさんのお宅を訪問してお話を伺いました。「どうもお越し頂いてすみません。いつも母がご迷惑ばかりかけてしまって御免なさい」そう言ってAさんは笑顔で私の前で分厚い本を広げました。

「今、病院から出ている薬なんですけど、これはちょっと今の母の状態には合わないと思うんですよ。脳をかえって興奮させてしまうので、こっちの鎮静作用がある薬の方で10mmのやつが合うと思うんですよ」分厚い本は、最新の薬の辞典でした。しかも、医療職が購入するような専門書でした。

Aさんは知的レベルがとても高く、有名大学にストレートに入学、今の大手商社に入社しています。いわばエリートです。そんなAさんから発せられるのは、母が周りに迷惑をかけている、申し訳ない、恥ずかしいというメッセージでした。

エピソード2:ある公認会計士の場合

Bさんは、女性で開業している公認会計士です。Bさんも認知症のお母様と同居されていました。Bさんには娘さんが一人いらっしゃり、女性の三人暮らしでした。Bさんは経営者ですので、お仕事の区切りがなく、昼夜、土日祝日問わずご多忙でした。出張も多く、私たちとの連絡方法はメールや電話がほとんどでした。

Bさんはお母様への介護サービス内容について、事細かに指示をされる人でした。介護について、とてもよく勉強している人でしたから、そこは助かる部分もありました。しかし私たちとしては、介護を受ける本人が望まないことを要求されることも多く、その点については、かなり困っていました。

Bさんと数ヶ月ぶりにお会いしてお話をする中で、Bさんはこんなことを言っていました。「どうしてお願いしたことをやってくれないんですか。母は自分でできるはずなんです。頑張る環境があれば、またできるはずなんです。このままでは何もできなくなってしまいます。あんな母を見なければいけないのは情けないです!」

エピソード3:ある牧師の場合

Cさんは牧師でした。やはり、認知症のお母様と同居されていました。お母様もクリスチャンだったためか「子供のお世話をする」と夜中に起きては家中を歩き回っているようでした。

牧師ですから、Cさんは、昼夜問わず信者からの相談や行事ごと、執筆などに追われていました。柔和な表情が、月日を重ねるうちにこわばった顔つきになっていくのが目に見えていました。

ある時、訪問してCさんのお話を聞いていたところ、お母様が「ねぇ子供たち見なかった?」と私たちの会話に割って入ってきました。その時、Cさんは私の目の前で「いないって言ってるでしょ!?」と声を荒げて、お母様の頭を平手で叩いてしまったのです。

Cさんはすぐにハッとした表情で「すみません」と書斎にこもってしまいました。私はお母様の様子に問題がないことを確認して、Cさんの書斎へノックをして入らせていただきました。Cさんは、椅子に深々と座り、天井をぼーっと眺めながらしばらく沈黙していました。

「本当に恥ずかしいところをお見せしてしまいました。私はイエス様の元へは行けませんね。母はあんなじゃなかったのに。今まで散々信者の介護の相談にものってきたのに、イエス様のお導きだと言ってきた自分がこれですよ。全くみなさんに合わせる顔がありません。まったく恥ずかしい話です・・・」

介護は恥でも挫折でもない

AさんとBさんCさんに共通するのは、親の老いや、できなくなっていくこと、自分の中のあるべき親像が壊れていくことへ必死に抗おうとしている姿でした。3人とも、社会的地位のある立派な人々です。それが返って、介護との向き合い方にノイズを生んでしまうのかもしれないと思いました。

介護は恥でも挫折でもありません。もしかしたら、これを読んでいるあなたは「いや、自分はそんなに硬く考えないで親の介護生活を受け入れられるよ」と思うかもしれません。しかし、目の前で親が崩れていく様を見ることは、そんなに簡単に受け入れられるものではありません。

どの家族も「こんなはずじゃなかった」「まさか自分がこんな生活になるなんて」「自分の親に限ってそんなこと」と言いながら介護生活を送っています。私は3人の方に同じような言葉を投げかけてみました。「どうして介護を恥だと思うんですか?」と。

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