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無条件に感謝を寄せる対象がありますか?幸福に向かうループについて

無条件に感謝を寄せる対象がありますか?

人生の根底に流れる大切な感情

人生に大きな影響を与えるのは、感謝の有無のような気がしています。対象はなんでも構わないのですが、とにかく、無条件に感謝を寄せることができるもののあるなしが、特に人生の終盤になると際立ってくるように感じるのです。

感謝することができる人は、より多くの人から支援してもらえるようになります。多くの人から支援してもらえると、人間には誰かに何かをしてもらうとお返しがしたいという性質があるので(=返報性)、他者のために頑張ろうという気持ちにもなります。

そうした気持ちは、別の表現では、リーダーシップの根源にもなります。自発的に、誰かのために何かをしようとする気持ちがなければ、リーダーシップは発揮できないからです。そうして誰かのためになることをすると、その恩恵を受けた人々からの支援もまた得られるようにもなっていきます。

それがまた、本人の、この社会全体に対する感謝の気持ちを引き上げるでしょう。このループがあれば、人生は好循環のうちに回転していくことになります。逆にいうなら、このループを持たない人の人生は、なかなかに厳しいものになりそうです。

ここには大きな不公平が存在している

社会の存在に対して感謝ができるような環境というのは、残念ながら、無条件で得られるものではありません。はじめに親の愛があり、周囲の暖かい関与があり、小さな成功体験の積み重ねがあり、自分の人生を肯定的に受け入れることができるような経験がなければ、感謝の気持ちも育たないからです。

もちろん、苦しい境遇にあっても、とにかく他者のために頑張り、周囲からの支援が得られるようになって、そこから感謝の気持ちを育てていける人もいます。しかし、そうした強い人はやはり少数でしょう。どこかで、この社会とのボタンの掛け違いが起こってしまい、社会そのものを恨むような人生もまた、多数あります。

残酷なことに、ここには運の要素があることは疑えません。そして、より良い社会を築くということは、こうした運の要素を少しずつでも排除していくことです。運悪く、この社会に感謝をすることができないような境遇にある人には、十分な支援の手が集う必要があります。

同時に、ここで考えたことは程度の問題でもあります。苦労をしたことのない人生というのもまた、どこにも存在していないはずです。若い頃は特に、社会とのボタンの掛け違いのような体験と、そんな社会への反発を通して、自分のアイデンティティーを形成することにもなります。

性格の特質も考えた上で対応する必要がある

自分に対して害をなした対象のことばかりを考えていると、よくありません。どう思い悩んでも同じ人生なら、自分に対して害をなした対象よりもむしろ、自分を支援してくれた対象のことを考えたほうが、先に考えたループに入りやすいというのは自明でしょう。

とはいえ、人間ですから、ついつい嫌なことにも目が行ってしまうものです。当然、ここには個人差もありますし、1人の人間の中にも気分の波があります。ここで決定的に大事なのは、そうした自分自身を観察することができるかどうか(=メタ認知)です。

自分自身の性格や性質がどういうものなのかを、自分で把握していれば、それに対応することも可能です。自分を、犬と飼い主に例えるとわかりやすいかもしれません。犬である自分は、チャンスもピンチも考えず、あっちこっち勝手に動き回ります。

この犬を観察し、飼いならすことができれば、自分の幸福を運まかせの状態から、少しだけ自分で管理できるようにもなるでしょう。許し、受け入れ、感謝をするということは、結局、自分自身の幸福のためでもあります。

頭で理解することは簡単だからこそ

こうしたことを頭で理解することは簡単です。「このままでは、自分のためにならない」と自覚していても、そうした状況を抜け出すのは簡単なことではありません。特に高齢者にもなれば、長年の習慣は、良いものも悪いものも固定化されていきます。だからこその周囲の支援ですし、だからこその学問です。

サクセスフル・エイジング(幸福な高齢者の研究)には、活動理論(activity theory)と離脱理論(disengagement theory)という2つの大きな軸があります。これらは、過去ずっと続けてきた活動を、高齢者になっても続けていくか、それとも離脱するかという視点から積み上げられている理論です。

なんの対応もしないで放っておけば、高齢者になれば、過去に続けてきた活動はできなくなっていきます。このとき、良い習慣は、なんとしても維持していくことが大事でしょう。同時に大切になるのは、悪い習慣は、自然に減っていくことに積極的に任せるということです。

高齢者に対する周囲の支援は、ゼロに向かっていく活動の中から、守り維持する戦いをする部分と、ゼロに向かう流れに任せる部分を切り分けるということでもあります。そしてその基準となるのは、結局のところ、ゼロに向かって、本人が感謝に包まれていくかどうかなのでしょう。

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