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注文をまちがえる料理店

注文をまちがえる料理店

僕の母は、なかなかのおっちょこちょいで、財布を忘れてスーパーに買い物に行くような人でした。他人の失敗にも「大丈夫、私なんてこんなことがあったのよ」と、笑いながら話す人だった。そんな母が少し変わったのは、僕の父がMCI(軽度認知障害)になり、些細な失敗ごとを繰り返すようになったころから。「ほら、あの事よ、覚えていないの!?」「思い出して!」「なんで、わからないの?」・・・僕は、父の失敗に寛容ではなくなった母を見て、少し悲しくなった。

注文を間違える料理店

宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』は、はやりの高級レストランとされる店での物語。店に入った客が、店のほうからたくさんの注文を出され、ついには揚げ物にされそうになる。少し怖いけど、不思議な魅力を感じる物語だ。

「おい『注文をまちがえる料理店』やるから来るようになぁ、プレオープンやぁ」「ん?まちがえる・・・ですか?」「そうやぁ、まちがえるやぁ」そんな声につられ、オリジナルの物語にあるような森ではなくて、コンクリート・ジャングルを抜けてみた。閑静な住宅街にある都内某所に、それはあった。

「注文を間違えるなんて、変なレストランだな」
きっとあなたはそう思うでしょう。

私たちのホールで働く従業員は、
みんな認知症の方々です。
時々注文を間違えるかもしれないことを、
どうかご承知ください。

その代わり、
どのメニューもここでしか味わえない、
特別においしいものだけをそろえました。

「こっちもおいしそうだし、ま、いいか」
そんなあなたの一言が聞けたら、
そしてそのおおらかな気分が、
日本中に広がることを心から願っています。

(イベント資料より)

なるほど。従業員の方が認知症を抱えている。だから、注文をまちがえる(かもしれない)料理店なのね。そもそも、注文をまちがえる料理店だから、注文をまちがえた時に、どのように対応すればよいのだろう。ああ、僕はいま、むしろ、注文をまちがえてもらいたいと考えている。

このイベントが生まれたきっかけ

このイベントを企画したメンバーの1人である和田行男さんからお話を伺った。和田さんは、NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』(第187回/2012年6月25日放送)にも出演した、介護業界の有名人だ。

グループホームにいた時、ご飯の献立見たら、ハンバーグだっていうの。そんで待っていたら、利用者の方が餃子もってきてな。そんとき「あれ、今日はハンバーグじゃなかったですか?」って言おうとして、ハッと気が付いたんや。

この、ありきたりな言葉を飲み込んだ時に「ま、いいか」と肩の力が抜けて、不思議な感覚になったんや。本人はひき肉混ぜていたら、自分はいま、餃子作っていると思ったんだろうな。たしかに、ハンバーグと餃子には接点があるよね。

それ以来、5年間ずっと、この企画やりたいって言ってきたの。そして今日、いろいろな人のおかげで、この企画が実現したわけや。利用者、介護職、サポーター、お客と、いろいろな人がいて、はじめて実現する企画やな。

この料理店に必要なのは、まずは、認知症の人。そして、黒子となる介護のプロフェッショナルたち。お客さん。そこに、料理の専門職、デザインの専門職、などがサポーターとして入っている。誰が、誰をサポートしているのか、わからなくなる。そこが、とてもいい。

みんなが、それぞれ緩やかな空気の中で、温かい食事をする場所だ。家とも、普通のレストランとも違う空気をみんなで作る。そういえば、こんなに、食事をすること自体にワクワクするのは、いつぶりだろう?レストランの中からは、ピアノとバイオリンの音色が聞こえてきた。さて、いよいよ入店の時間だ。

注文をまちがえる料理店で、僕に起こったこと

調理している姿が見えるオープンキッチンに、4人掛けの客席が4つあった。2人が食事を終えようかというテーブルに「相席でどうぞ」と、スタッフが言う。案内を担当していた人が(おそらく)認知症を抱えている人だろう。その人に案内された。ただ、もはや、誰が認知症を抱えているのかは、わからない。

僕の後ろでは、4人のご家族が待っていた。入り口でスタッフから聞いたテーブルの隣が、4人掛けの空席になっている。案内を担当していた人が「こちらへどうぞ」と、その空席にご案内しようとする。

「いやいや、混んでいるので、僕たちは相席でよいですよ」と、僕は伝えた。そういえば普段なら、自分から相席に、なんて、言わない。僕が嫌なのではなくて、僕に相席されるほうに気を遣って、言わない。でも、注文を間違える料理店では、そういうことを平気で言える空気がある。

僕は、連れと2人で、ワクワクしながら待つ・・・待つ・・・待つ。待つ・・・待つ・・・う~ん、少しまえがかり気味になったとき、お水が運ばれてきた。オーダー表とペンが渡され、A・B・Cの3つから選ぶという仕組みだ。でも、肝心のメニューが手元にない。スタッフによる「〇〇さん、メニュー、メニュー!」の声も、なんだか優しい。

注文を間違える料理店の店内にて

僕は、オーダー表のAに「1」と書いた。わかりやすいように、BとCには「0」を記入しておこう。あっしまった、BとCが「ゼロ」じゃなくて「丸」だと思われたらどうしよう・・・。飲み物は、コーラにした。備考!?そうだな「飲み物は食事と同時に提供してください」と書いておこう。

厨房から、とてもいい香りがする。ピザ釜から湧き上がるものだろうか。その香りが、店内の湿度をあげていた。ワインやウイスキーが欲しくなったが、とにかくお腹が空いていた。とにかく、なにか食べたい。

運悪く僕と相席になった2人が食事を終えた。ピザと餃子を食べたよう。案内を担当していた人が、お皿を下げる。「いやあ、おいしかった」と相席になった2人は、とても満足そう。そこで、僕たちの料理が出来上がったようだ。

厨房から2番テーブルへ・・・間違えないでね・・・あっ!?相席の2人のほうに、僕のピザが持っていかれてしまった。でも、こうしてまちがえてもらえて、なんだか嬉しい。そう期待していたのだし、そういう名前のレストランなのだから。ここでは、お客さんのほうが、店員の一挙手一投足を気にしていた。

和田さんと飯塚

父が亡くなり、半年がたとうとしている。僕は、注文をまちがえる料理店で経験したことを、母に話した。そして、あれだけ、他人の失敗に寛容だった母が、父の失敗に対してだけ厳しかった理由を聞いてみた。

寛容?そんな偉そうなものでもなくて、別にそうしようと頑張った気はないのよ。昔からそうなの。でも、お父さんの時は、自分が焦ったのね。だって50年も一緒にいるんだから、自分と一緒。自分が壊れていくようで、普通じゃなかったのよ。

もしかしたら、寛容というのは、当たり前が生み出すのかもしれない。当たり前でない状況が、人間の寛容を壊すのかもしれない。そう思ったとき、注文をまちがえる料理店というアクションの持つ意味もまた、理解できた気がした。

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