閉じる

感情失禁(emotional incontinence)について理解しておきたいこと

感情失禁(emotional incontinence)について理解しておきたいこと

感情失禁(emotional incontinence)とは?

感情失禁(emotional incontinence)とは、一般の人にとっては小さな刺激であっても、大泣きしてしまったり、激しく怒ってしまったりと、本人に制御できない大きな感情にとらわれてしまう状態をさしている専門用語です。脳内の病気が原因で起こることが多いようです。病気ですから、感情失禁は、その人の人格とは無関係という点は、まず理解しておく必要があります。

介護の現場では、認知症(脳内の病気が原因)に苦しむ人が急に激しく泣いたり、激しく笑ったりした場合、それを感情失禁として日誌に記録します。そうした意味においては、感情失禁という言葉は、プロの医療職や介護職にとっては、広く知られ用いられている言葉です。

しかし、そもそも「失禁」という言葉は、日本語では、排便に関する失敗(おもらし)を示す言葉です。本来は、特定の人間の感情に対して使われるべき言葉とは思えません。どうしても、そこに「大人として恥ずかしいこと」というニュアンスが入るからです。しかし病気なのですから、恥ずかしがることはないはずです。

感情失禁という言葉が使われる場面では、どこか、上からの侮蔑の目線も混入してしまうように思います。それでもなお、今のところの日本では、感情失禁に代わる言葉が情動失禁(affective incontinence)しかありません。どちらも「失禁」という言葉が入っており、どうしても「もう少し上手に翻訳できなかったものか」という気持ちになります。

本稿でも、本人が制御できない激情の表出のことを感情失禁として扱います。ただ、この「どぎつい言葉」が生み出すニュアンスは決して正しいものではないし、それが理解の邪魔をするということは、ここで強調しておきたいです。

感情失禁への基本的な対応について

感情失禁において、もっとも重要とされるのは、それは本人が意図して表出したいと願っている感情ではないことを周囲が理解することです。ですから、そうした感情失禁につられて、こちら側の感情を同じように動かすのは、正しい対応とは言えません。

難しいのは、本人が、そうした感情失禁を「コントロールできない感情」として認識している場合と、そうでない場合があることです。感情失禁をしていること自体を苦しむケースもあれば、本人としてはそれが感情失禁になっていることを理解できないケースもあるということです。そして、これを本人が認識している場合、大きく傷つきます。

他者の感情失禁を、そのまま受け入れると、こちらもストレスでやられてしまいます。たとえば、激しい怒りや大きな悲しみの感情失禁をまともに受けてしまうと、ストレスでうつ病のようになってしまうこともあります。それは、相手の正常な状態ではないことを認識しつつ、受け流す必要があります。

そもそも、日本は、他国よりも感情の表出を抑制する文化を持っているとされます。感情を表出しないことが普通の社会に生きているので、感情失禁への対応は、他の国の人よりも慣れていない可能性さえあるのです。

感情失禁という思考停止はとても怖い

感情失禁という言葉を知ると、なんでもかんでも感情失禁で片付けてしまうようになるのが、逆に怖いことです。本当にそれが感情失禁であれば、対応する側は、その感情の表出をまともに受けないように注意すべきです。

しかし、それが感情失禁ではなく、その人にとって本当に大切な感情の表出であれば、受け止める必要があります。さもないと、共感をベースにした相手との意思の疎通ができなくなってしまうからです。

医療業界や介護業界の近くにいると、感情が溢れ出てくるといったレベルのことを感情失禁と呼ぶときがあることに気づきます。冗談として言っていることがほとんどでしょうが、本気でそれを感情失禁であると誤解している人もいないとは限りません。

感情失禁は、映画に感動して、とめどなく涙が流れるといったときに使われる言葉ではありません。感情失禁は、なんらかの病気が原因で、日常的に発生してしまう制御できない激しい感情の波を示す専門用語です。

それが感情失禁であるか否かによって、相手の感情に寄り添うべきか、受け流すべきかが決まります。だからこそ、相手が表出している感情が、本当に感情失禁かどうかの判断は、とても重いのです。認知症があるからといって、全ての感情の表出が感情失禁ではありません。

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト