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認知症の当事者たちの「声を聞く」ということ

認知症の当事者たちの「声を聞く」ということ

国際アルツハイマー病協会国際会議(第32回)

去る4月末に、国際アルツハイマー病協会国際会議(第32回/京都)が行われました。国際アルツハイマー病協会は、世界80カ国以上のアルツハイマー協会が加盟する国際組織です。そこでは、認知症に関する情報共有、最先端のケア技術やノウハウの普及などが行われています。

この国際会議で注目すべきなのは、多くの認知症の当事者が、自身の思いを発信するという部分です。今回の会議でも、若年性認知症の当事者として各地で講演をされている、丹野智文さんが登壇されています。

丹野さんは、認知症の診断を受けたあとの不安と恐怖、国内外の様々な認知症の当事者と出会い、認知症と共に生きるという決断について、スピーチをされていました。とても学ぶところの多い、認知症の当事者にとっても勇気になる、すばらしいスピーチでした。

越智俊二さんによる伝説のスピーチ

今でこそ、日本の各地で認知症の当時者の方々が発信をすることは、珍しいことではなくなりました。こうしたきっかけと言われているのが、2004年に開催された国際アルツハイマー病協会国際会議(第20回/京都)です。

この国際アルツハイマー病協会国際会議の場で、認知症の当事者として登壇した越智俊二さんのスピーチに、大きな影響力があったと考えられています。以下「認知症の人と家族の会」のホームページより、このスピーチの一部を引用します。

もの忘れが始まって10年になります。病気になったことは本当にくやしいです。なぜと思う気持ちや、自分が自分でなくなる不安もありますが、家族やまわりの方たちのおかげで、いいほうに考えることができています。これからの望みは、良い薬ができてこの病気が治ったらもう一度働きたい。どんな仕事ができるかわかりません。どんな仕事でもいい。今度は私が働いて、奥さん(妻)を楽にしてあげたい。そして今まで苦労かけた分、お返しをしたい。

公益社団法人「認知症の人と家族の会」ホームページより

「認知症の人と家族の会」代表理事の髙見国生さんのお言葉

越智さんのスピーチは、当時の日本の認知症に関わる人たちには、とても衝撃的なことでした。これが影響して、同年12月には、国は「痴呆」という侮辱的な表現から「認知症」という呼称への変更を採択しています。

実は、現在の日本における全国的な家族会である「認知症の人と家族の会」も、当初は「呆け老人をかかえる家族の会」という名称でした。この家族会の代表理事である髙見国生さんは、当時のことを、私に以下のように語ってくださいました。

ボケたら何もわからないから、本人たちは幸せだろう。迷惑するのは周りの家族だ。そう思っていました。でも、当事者であるご本人が「迷惑をかけて申し訳ない。感謝している」とおっしゃったんですね。そのことを聞いたときに本当にびっくりしました。何もわからないのではなくて、私たちと同じように感じて考えていらっしゃるのだと。これはもう「呆け老人をかかえる家族の会」なんて名称ではいけないと思いました。

この活動に終わりはない

越智さんが、認知症の当事者として私たちにメッセージを送ってから、もう13年もの月日が経ちました。認知症に苦しむ人と共に暮らす社会の実現は、少しずつ前進していると感じることもあります。しかしながら、未だに偏見や、誤解も少なくありません。

まだまだ、介護家族も、介護に関わる専門職も、地域住民も含めたあらゆる人が、認知症の当事者たちの声に耳を傾ける必要があります。認知症の状態にない人には、どうしても経験できないことがたくさんあるからです。

認知症に苦しむ人々が疎外感を抱かない、誰もが共に生きる社会を作っていかなければなりません。この活動に、終わりはないのです。多くの人が認知症の状態になりうる未来が目前に迫っています。

そうした未来に向けて、私たちがなすべきことを、丹野智文さんはスピーチの中で次のように投げかけています(朝日新聞DIGITAL, 2017年)。

高齢化率ナンバーワンの日本が先頭になり、本当に認知症になっても住みやすい社会、認知症と共に生きていくことを考えなければならないと思います。今日をきっかけに世界の人たち、日本の多くの団体が手を結び、そしてその中に当事者も参画し、一緒に認知症に優しい街づくりを考えていきましょう。

※参考文献
・認知症の人と家族の会, 『ぼけても心は生きている』, ホームページ
・朝日新聞DIGITAL, 『「認知症支え合う社会作りを」丹野智文さんスピーチ全文』, 2017年4月27日

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