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【読んでおくべき報告書】新たな医療・介護のありかたに関する国家ビジョン

新たな医療・介護のありかたに関する国家ビジョン

『新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書』

2017年4月6日、厚生労働省より『新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書』(PDF)という文章が提出されました。複数の医療関係者から、KAIGO LAB 編集部に対して「これは読んでおくべき」という助言をいただくほど、この短期間で、話題になっているものです。

「あきらめ」「しらけ」「絶望」が蔓延している医療・介護の現場から見て、新たな希望になるような、力のある報告書です。医療・介護のプロだけでなく、日本の社会全体が共有すべきビジョンになっており、問題点もありますが、それでもまずは、多くの人に読んでもらいたい内容です。序文からして、官僚作文らしからぬ、感情のこもったものになっています。

本報告書は、これからの医療政策の基本哲学となるべく、そして、若手や女性をはじめとして、医療従事者の誰もが将来の展望を持ち、新たな時代に即応した働き方を確保するための指針となることを目指して取りまとめられた。大きく、そして急速な変化の中で、どのような未来を描いていくべきか、戸惑い、時に立ちすくんでいる医療従事者たちへのメッセージとなることを目的としている。(p2)

読みどころの論点整理

国家ビジョンレベルのものですから、記述は網羅的ですし広いです。ですから、読みどろこは、それぞれの立場によって異なるでしょう。ここでは、KAIGO LAB の視点から、介護をする家族や、介護業界にいる人として、理解しておきたい論点を整理してみます。以下、内容の順番や記述には KAIGO LAB の解釈が多分に入っています。正確性を必要とする場合は、できるだけ原典をあたってください。

1. この医療改革の考え方(p3)

この医療改革においては、大きな視点からは、2つの変革ポイントに絞った対応がなされていきます。その2つの変革ポイントとは(a)システム疲労が発生しているところを見出して変革を行う(b)医療従事者の意欲をそぐことなく、その能力が発揮しつづけられるような変革を行う、というものです。これらの変革ポイントの具体的な中身を設計するために、この検討会では、現実に現場で起きていること(ファクト)を収集しています。この結果、需要側に関しては(1-1)団塊の世代が75歳になりはじめる2025年問題(1-2)生活習慣病と認知症の社会インパクト増大(1-3)コンビニ受診や救急車のタクシー利用に代表される国民側の医療コスト意識低下、といった課題が抽出されています。供給側に関しては(1-4)医療従事者の長時間労働(自己犠牲)でしか成立しないシステム(1-5)女性医師・高齢医師の増加によるライフスタイルへの配慮の必要性(1-6)医療難民を生み出している医療の地域偏在、といった課題が抽出されました。

2. この医療変革によって解決される課題(p5)

先の考え方を受けて、この医療改革によって解決される課題としては(2-1)医療従事者の長時間労働(2-2)需要と供給のバランスが偏在していること(2-3)医療・介護の連携が足りていないこと(2-4)住民・患者のヘルスケア意識が育っていないこと、という4つが重要なポイントになっていきます。これらを実現するためには。(c)AI(人工知能)やICT(情報技術)の積極的な活用(d)医師に偏在しすぎている業務を他の職種に移管させ医師の時間を生み出すこと、という2つのフォーカスが求められるでしょう。医療・介護業界のICT活用が進まない理由については、KAIGO LAB でも過去に記事にしています。医師から他職種への分担が可能なタスクは「医療事務」「病院内のヒト・モノのロジスティクス」「血圧などの基本的なバイタル測定」「医療カルテの記録」「患者への説明と合意形成」というところまでは見えています。

3. この医療変革のビジョン(p9〜15)

この資料で絶対に読んでおきたいのは「ビジョン(あるべき姿)」としてまとめられた部分です。資料によれば、このビジョン作成にあたって譲れないポイントになっているのは(e)医療・介護従事者が制度や組織によって疲弊しないこと(f)高生産性・高付加価値を実現し財政的に持続可能なシステムをつくること、の2点になります。特に「やりがい搾取」と呼ばれるような、医療・介護従事者の自己犠牲の上にしか成り立たない状態からの脱却は急務でしょう。以下、p10に表としてまとめられたビジョンを引用します(KAIGO LAB が内容を一部修正・追記しています)。

カテゴリ
今まで
これから
1. 働き方 ・組織・職種のヒエラルキーと縦割り構造
・個々人の自己犠牲
・男性中心の文化
・患者を中心としたフラットな協働
・組織・職種の枠を超えた協働/機能の統合によるパフォーマンスの向上
・「単能工」的資格・業務に加えて「多能工」的資格・業務の推進
・自己犠牲をともなう伝統的な労働慣行の是正
・性別・年齢によらないキャリア形成・働き方を支援
2. 医療の在り方 ・医療はもっぱら病気の治療・回復をになう存在
・患者像を画一的にパターン化したサービスの提供
・評価軸が乏しく個人・事務所・地域レベルでサービスの質にバラツキがある
・医療は、保険・介護・福祉とフラットに連携しながら、予防・治療から看取りに至るまで、患者・住民のQOLを継続的に向上
・患者・家族や地域社会の個別性・多様性・複雑性に対応した創造的なサービスのデザイン
・アウトカムの指標・評価方法の確立とそれに基づく効果的なサービス提供
3. ガバナンスの在り方 ・全国一律のトップダウンによるリソース配分の決定とコントロール ・地域と住民が、実現すべき価値・ニーズ・費用対効果を判断しながら主体的に設計
・地域の発展的なまちづくり、経済活動、持続的発展を支える基盤になる
・国は、地方が求める人的・財政的・制度的な支援を行いつつ、地方に権限移譲を行う
4. 医師などの需給バランス ・限られた情報や固定化した仮説を前提とした需要予測と供給体制の整備 ・人口構成、疾病構造、技術進歩、医療・介護従事者のマインド、住民・患者の価値観の変化などを需給(質と量)の中・長期的見通しや供給体制に的確に反映
・特に、医師などの専門知識は、臨床現場だけでなく、国際保険、国、都道府県、審査支払機関などの行政関連分野や、製薬、医療機器、医療情報システムなどの医療関連産業などに広げていく
・個々の医師などの能動的・主体的な意向を重視し、モチベーションを引き出す方策を、それぞれの地域において、住民、医療機関、行政などが中心となって講じていく

この報告書で気になるポイント

ここまで見てきたとおり、この報告書は、総論としては、非常に優れた内容になっているように感じられます。ただ、報告書の細部では、かなり気になることも書かれているので、その中で、今後議論になりそうなポイントを3つほど取り上げてみます。

論点1. 医師数を増やす方向が否定されていること

医師数の在り方については、増減の判断をすることが困難としてはいます。ただ、報告書をきちんと読むと「敢えて医師数を増やす必要がない環境を作り上げていくことが重要」(p14)という言葉が明記されており、非常に気になります。そもそも、日本は、他の主要国と比較すれば、医師数は最低レベルです。医師が激務になるのも当然ですし、ここのリソースを増やすことなしに、本当に、この報告書のビジョンが実現可能なのでしょうか。高齢化によって増える患者に対して、本当に、医師を増やさないで対応するには、効率化に関するより具体的な中身がないと、非常に危険です。

論点2. 公的財源による介護職の待遇改善と教育が否定されていること

医療と他職種がフラットに連携していくとうたいながらも、この資料は、そのほとんどが医療にフォーカスされたものになっています。資料の後半になって介護についての言及が増えてくるのですが、その中でも「現在の介護サービスは多くを公的保険財源に依存しているが、厳しい財政状況の下で今後の需要の急速な拡大に対応した報酬の引き上げや大幅な賃上げなどの待遇改善、サービスの質の向上を促すための財源投入には限界がある」(p43)という記述は見逃せません。自助努力せよということになっていますが、倒産が相次ぐ介護業界に、さらなる自助努力をというのは、あまりに酷いと感じます。

論点3. ビジョン実現のための戦略の実現可能性が検証されていないこと

この報告書のビジョンを実現するためには(1)医師、看護師、薬剤師、介護職などの他職種がフラットに連携する(2)AIやICTの導入が理想的な形で進んでいく(3)地方自治体や医療・介護現場の人々がボランティア的に自助努力を進めていく、という3つのハードルをクリアする必要がありります。しかし、これらのどれか1つでも失敗すれば、ビジョンは実現されないのです。そもそも、10名程度の組織であっても、フラットにはならず、階層構造を作るのが人間の本能的な特徴でもあります。特に、学校では先輩後輩を教わり、組織においても上司部下の関係を大切にする日本において、このようなことが本当に実現できるのでしょうか。AIやICTの導入の部分も、巨大な投資をしながら、現実には使われないシステムを作ってしまうことが多いのが日本でしょう。そして、ボランティア的な自助努力が、本当に持続可能なのでしょうか。

※参考文献
・厚生労働省, 『新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書』, 2017年4月6日

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