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日本の大学は、生涯学習のための場として(本当に)生まれ変われるか?

日本の大学は、生涯学習のための場として(本当に)生まれ変われるか?

人間は学び続けないとならない

名作として名高い漫画『MASTERキートン』(浦沢直樹・勝鹿北星・長崎尚志脚本/浦沢直樹作画)には「人間は一生、学び続けるべきです。人間には好奇心、知る喜びがある。肩書きや、出世して大臣になるために、学ぶのではないのです。では、なぜ学び続けるのでしょう?それが人間の使命だからです。」というセリフがあります。

このセリフは、主人公キートンの師匠であるユーリー教授が、ドイツ軍による空襲の中で語った言葉として出てくるものです。いつの時代も、いかなる勝負事においても、敵の狙いは、こちら側の向上心をくじくことです。ユーリー教授は、それを戒めて、先のセリフを発します。ファンの間では、名シーンとして有名なものでもあります。

教育とは、ある意味で、学ぶ喜びを伝えていくことでもあります。学ぶことは、なにかの手段ではなく、それ自体を目的にすることができるのです。これは、人間の可能性として、最も大きなものではないでしょうか。人間だけが、この世を去るその日まで、学ぶ喜びの中に生きることができるのですから。

やはりアメリカに先を越されてしまうのか・・・

日本でも、生涯学習というのは、どこの大学でもスローガンにはしています。実際に、参加者の年齢を問わない公開講座は、星の数ほど整備されています。しかし、大学と高齢者のコミュニティーが組織的に結びついている事例は、日本では、まだ多くはありません。

アメリカの場合はしかし、大学と高齢者のコミュニティーが連携し、高齢者が学ぶ場の整備が進んでいるようです。以下、The Wall Street Journal の記事(2017年3月10日)より、一部引用します。

(前略)彼ら高齢者の取り組みは、人生の後期において高等教育に人気があることの表れだ。全米教育統計センター(NCES)によると、64歳を超える人で2013年に学位を授与する高等教育機関に入学した人の数は、6万6000人を超えていた。

一方で全米各地の大学は、キャンパスの敷地内ないしその周辺に引退した年金生活者のコミュニティーを構築する手助けをしてきた。講義を聴講したい、図書館を使いたい、学ぶ喜びを感じたいという高齢者からの要望に応えるためだ。

例えば、サウスカロライナ州グリーンビルにあるファーマン大学は、大学の敷地内に高齢者施設を開設する後押しをした。施設の広報担当者によると、1学期に40人ほどの高齢者が大学のコースを受講しているという。

このトレンドに関する包括的なデータを入手するのは困難だ。だが、1つの証しはある。全米50州の大学と提携して120のプログラムを提供する「オーシャー生涯学習協会」には、コース(ただし学位は取得できない)を受講する会員がおよそ16万人いる。この大半は65~75歳の人々だ。(後略)

アメリカにおいて大学とは「社会に変化をもたらす主体」である

アメリカにおいて大学とは「社会に変化をもたらす主体」として位置づけられています(例外もありますが)。そうしたアメリカの大学は、今、定年退職後の高齢者の生活に、変化をもたらそうとしています。それが、認知症の予防になるということはもちろん、そもそも人間は生涯学ぶべきだと(本気で)考えられているからです。

かつてのアメリカには、定年退職後の高齢者は、高齢者用の施設などで、ただ人生の終わりを待つばかりの存在という認識がありました。周囲を壁でおおわれ、保護された環境の中で、ゴルフなどのレジャーを楽しむという形が理想とされてきたのです。アメリカの大学は、いま、この過去の常識にチャレンジしています。

ひるがえって日本の大学はどうでしょうか。もちろん例外も多数ありますが、日本の大学は、社会に開かれているようには見えません。大学とは、あくまでも研究機関であって、自分たちのことを「社会に変化をもたらす主体」だと考えているようにも感じられません。

とはいえ、そのための環境は整ってきているとも言えます。少子高齢化社会の到来によって、大学が、子供の教育のみでは生き残れない時代に突入しているからです。アメリカの成功事例を研究しながら、日本の大学も生まれ変わっていくと思われます。これに失敗する大学は、淘汰されてしまうのですから。

※参考文献
・The Wall Street Journal, 『米大学で増える高齢者聴講生 知的刺激求めて』, 2017年3月10日
・松田 智生, 『大学連携型リタイアメント・コミュニティ ~生涯学習が高齢者のライフスタイルを変える!』, プラチナ社会研究会, 2011年8月23日

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