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苦しんだ経験は、ストレス耐性として子供に遺伝する?(エピジェネティクス)

苦しんだ経験は、ストレス耐性として子供に遺伝する?(エピジェネティクス)

苦しい経験には、なにか意味があるのか?

私たちは、日々、それぞれに苦しい思いをして生きています。時には、これだけ苦しいことをして、なんの意味があるのだろうと、疑問に感じることもあるでしょう。ここに、一つ、光が見つかったかもしれません。以下、日本経済新聞の記事(2017年1月9日)の記事より、一部引用します(改行位置のみKAIGO LABにて変更)。

親が苦難を乗り越えて獲得したストレスへの耐性や生き残る力は、子や孫にも引き継がれることを、線虫を使った実験で確認したと、京都大の西田栄介教授(細胞生物学)らのチームが9日付の英科学誌電子版に発表した。

環境への適応力を子孫に継承する種の生存戦略の可能性があるという。チームは「人でも同じようなことが起きているとすれば、訓練や勉強によって得た能力が子に受け継がれているかもしれない」としている。

もし、自分が苦労に耐えることで得たストレス耐性が、そのまま、子供にも伝わるとするなら、嬉しいことです。子供は、より厳しい環境でも頑張れる状態になります。そのために、親として頑張っていると思えば、耐えられることも増えそうです。

獲得形質は遺伝しない?

専門的には、これは獲得形質(かくとくけいしつ)の遺伝という、現在の進化論に対する大きな否定(ラマルク仮説)という可能性があります。現在の進化論では、生まれた後に習得したこと(=獲得形質)は、子供には遺伝しないというのが通説なのです。

例えば、貧弱な体を嫌った親が、自分の体をムキムキに鍛えたとします。その親の子供は、しかし、ムキムキではなく、やはり貧弱な体を遺伝として持つというのが、これまでの進化論の定説です。すなわち、獲得形質は遺伝しないということです。

残念ですが、一般には、親が後天的に苦労をして得たスキルは、生殖が成立した時点でリセットされてしまうのです。そのため、子供は、親と同じ悩みを抱えることになり、親がしたのと同じような努力を強いられることになります。

しかし、このニュースが示すところを素直に読めば、獲得形質が遺伝していることを示すように感じられるでしょう。本当に、そんなことがあるのでしょうか?ここを正しく理解するには、エピジェネティクス(epigenetics)という言葉を理解する必要があります。

エピジェネティクス(epigenetics)とは?

まず、私たちが持っている遺伝子は、その全てがアクティベートされている(活性化されている)わけではありません。個人の特徴を決める様々な遺伝子には、それらのアクティベーションを抑制する物質(メチレーション/メチル化)が帽子のようにしてかぶさっています。

このメチレーションが多いと、遺伝子はアクティベートされず、その個人の潜在的な可能性として眠っている状態になります。逆に、メチレーションが少ないとき、その遺伝子はアクティベートされ、その個人の特徴として表に出てきます(表現型)。

個々の遺伝子にかぶさっているメチレーションの量は、その個人が生きている環境や経験によって増減すると考えられています。つまり、私たちの中には、まだ埋もれている可能性がたくさんあるということです。

人間の成長において、多様な経験が求められるのは、こうした可能性を引き出すためだと考えると「全ては遺伝で決まる」という説の間違いがわかるでしょう。もちろん遺伝は大事ですが、遺伝子の可能性を引き出すような働きかけも大事なのです。

このように、遺伝子そのものではなく、遺伝子の働きを制御する機構のことをエピジェネティクス(epigenetics)と言います。この考え方について自分なりの意見をもっておくことは、人間の成長にとって何が重要なのかを深く考えるための重要な要素でしょう。

介護の苦労は、なんの役に立つのか?

介護の苦労は、心身に大きな負担を強いる、本当に辛いものです。ただ、その経験は、自らのエピジェネティクスを発動させ、ストレス耐性に関する遺伝子を囲っているメチレーションの量を減らす可能性があります。そして、このメチレーションの量は、そのまま子供に伝わるようなのです。

苦しい介護の体験は、結果として、介護に向かう人々に対して、死に対するストレス耐性として結実するのかもしれません。それは、たった一度の人生において、バランスのとれたリスク受容性を育むのではないかと思います。さらにそれが、子供にも受け継がれるとするなら、これは大きな希望になります。

私たち人間は、自らの死を直視するとき、大きなストレスを感じるようにできています。しかし、それを直視する者だけが、新のリーダーとしての素養を獲得するとするならば、介護の苦しみが持っている教育的な側面の重要性も理解できます。

専門的には「心的外傷後成長(PTG)」として知られている、苦しみの経験がもたらす成長の背景には、きっと、エピジェネティクスがあるのでしょう。程度の問題もあるので軽々しくは言えませんが、苦しみにも意味があると信じたいです。

仮に、子供を作る前、若くして介護に関わることになった場合は、その苦しみの経験は、子供のストレス耐性をも高める可能性があります。もちろん、ヤングケアラーの存在は社会問題であり、これを容認することはできません。しかし、現実にヤングケアラーとして苦労をしている場合、遺伝子はその努力をちゃんと見ていてくれるかもしれないのです。

※参考文献
・日本経済新聞, 『苦難越え得た能力、子孫にも継承 京大が線虫で確認』, 2017年1月9日
・塩田 邦郎, 『エピジェネティクス』, 日経バイオビジネス, 2006年1月号
・新エネルギー・産業技術総合開発機構, 『エピジェネティクスに関する研究動向及び産業応用への課題に関する調査』, 2008年2月

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