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家畜化(動物行動学)を促す「明るい刑務所」の怖さについて

家畜化(動物行動学)の怖さについて認識しておきたい

家畜化(domestication)とは?

イヌは「人類最高の友(men’s best friend)」と呼ばれるとおり、古来より、人類に親しまれてきた動物です。猟犬や番犬としての地位のみならず、家族の一員として人類と精神的な結びつきを得るまでになっているでしょう。

ご存知のとおり、イヌは、オオカミが家畜化(domestication)された動物です。家畜化とは、人間が、特定の動物の利用を目的として、その動物を隔離し、生存(食料)と生殖(繁殖)を支配するプロセスを指している言葉です。

とくに繁殖には、より人間にとって都合のよい個体が選ばれます(人為的選択)。自然淘汰とは異なり、意図的な繁殖がなされるため、数十世代という短期間で、人間にとっての都合の良さが強調されるのが特徴です。

家畜化しやすい動物の特徴としては(1)群れで暮らしており、順位付けで秩序を守ること(2)オスが性的に優位で、配偶関係が不定であること(3)草食性または雑食性であること(4)環境適応能力が高いこと(5)好奇心があり、人間に慣れやすいこと、といったことがわかっています。

イヌとオオカミの違いについて

イヌに限らず、ウマ、ウシ、ブタ、ネコ、ニワトリなど、家畜化された動物は、野生でいるときよりも警戒心や攻撃性が低下することが知られています。逆に、環境への適応力(自己防衛能力)は下がり、人間への依存度が高まります。

ですから、イヌもまた、オオカミと比較して、警戒心や攻撃性が低い状態にあります。そして、人間への依存度が高く、野生で生きて行くのは困難です。時に、捨てられて野生化したイヌ(野犬)も生まれてしまいますが、こうしたイヌは攻撃性が高く、危険です。

オオカミとイヌを比較したとき、ひとつ、見過ごせない事実があります。それは、オオカミのほうが、イヌよりも2割程度、脳の容積が大きいということです。厳しい自然環境で、常に周囲を警戒しながら、獲物を自分で獲得するという状態にあるオオカミのほうが、脳を使う必要性が高いからと考えられています。

もちろん、脳の容積だけで、その動物の知能レベルを判定することはできません。しかし、家畜化のプロセスは、本来持っていた能力が失われるプロセスであることは確実です。実際に、いわゆる血統書つきのイヌは、オオカミと比較すると、様々な能力が失われていることが確認されています。

こうした血統書つきのイヌは、病気になりやすく、オオカミよりもずっと弱い状態にもなりやすいのです。しかし、血統の外のイヌと交配して生まれた子供(雑種)は、オオカミに近くなり、いくつかの能力を取り戻すことが知られています。

安全・安心な環境は動物を弱体化させる?

動物は、生存と生殖のためのリソースの確保が安定的に供給されると、家畜化します。正確には、家畜化とは、幼形成熟/ネオテニー(neoteny)と呼ばれる、性的には完全に成熟した個体でありながら、その他の機能については、子供の性質が残るような発達をさせるということです。

あくまでも仮説にすぎませんが、このとき、イヌに見られるような、脳の萎縮が起こる可能性が否定できません。当然、認知能力も落ちることも考えられます。安全・安心な環境は、家畜化を推し進め、むしろ、動物を弱体化させてしまうかもしれないのです。

他の動物に起こることは、人間にも起こると考えてよいでしょう。実際に人間は、家畜化しやすい動物の特徴を備えています。つまり、安定的に食料が与えられ、繁殖においても固定的な状態になれば、人間であっても、様々な面での弱体化が起こる可能性があるということです。

そもそも人間は家畜化のプロセスの中にいる?

あくまでも比喩ではあるものの、人間にも家畜化が起こるということは、古代の中近東にまでさかのぼることができる、かなり古くからある考え方です。奴隷制や刑務所の中もまた、人間をイヌやウシのようにして囲い込み、生存と生殖を管理するという前提の仕組みです。

刑務所は、受刑者の自由を奪ってはいるものの、その内側では安定的な食事が提供されています。外界から完全に隔離されているので、むしろ安全でもあります。なんとも皮肉な話ではありますが、学校や老人ホームにも、これと同じ傾向が見られるでしょう。

そもそも、人間はサルのネオテニーであると考えられています。体毛が少なく、扁平な顔は、チンパンジーの子供の特徴です。そう考えたとき、安全と安心を提供する社会を築いてきた人間は、自らを家畜化してきたとも言えるのかもしれません。

そういえば、同じ種であるにも関わらず、人間が、肌の色において大きく3つに分かれているのも、家畜化され、多様な毛色を得たイヌと似ています。肌の色による人種差別は、人間による人間の繁殖管理とも言えます。人種差別は、弱体化につながる家畜化のプロセスを進めるこであるというのは、考えすぎでしょうか。

ナチスが進めた優生学(eugenics)を前提とした優性政策からして、家畜化のプロセスそのものです。優れた人間を定義し、そうした人間同士が子供をつくっていくという発想は、いわば人間の家畜化です。それは結局、人類の弱体化につながると考えると、なんとも複雑な気持ちにもなります。

元気な高齢者であるために必要なこと

家畜化という動物行動学的なプロセスから考えると、なにもかも与えてしまうということの危険性が見えてきます。あまりにも安全で、なんの心配もない環境というのは、実は、本人にとってはよくないかもしれないのです。

介護業界には、至れり尽くせりの高級老人ホームに入ると、認知症になりやすいという「噂」があります。あくまでも「噂」にすぎませんが、この背景には家畜化という概念があると考えると、その可能性が説得力を持ってしまいます。

生活の中に、適度なリスクがあるということは、脳を活性化させ、長く元気でいるために必要なことなのかもしれません。なにごとも限度というものがあり、リスクが大きすぎるのも問題なのは当然です。とはいえ、安全・安心を与えすぎることにもリスクがあると考える必要もあります。

高齢者だから、要介護者だからということで、何からなにまで環境を整えてあげることにも、リスクがあると考えられます。多少苦しくても、自分でやれることは自分でやってもらうことも(きっと)大事なのです。

介護に携わる人は、自分が提供している介護が、見えない壁で囲われた「明るい刑務所」になっていないかどうか、振り返ってみる必要もあるでしょう。また、同時に子育てをしているような人の場合は、子供の環境がそうなっていないか、注意深く観察することが大事だと思われます。

※参考文献
・森 裕司, 竹内ゆかり, 南 佳子, 『動物行動学』, インターズー(2012年)
・愛媛大学農学部畜産学研究室, 『畜産学の花形(domestication)』(講義資料)
・本江 昭夫, 『家畜とは何か』, 国立民族学博物館調査報告, 2009年
・在来家畜研究会, 『アジアの在来家畜 -家畜の起源と系統史-』, 名古屋大学出版会(2009/9/1)

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