閉じる

感情労働(emotional labour)とは?

感情労働(emotional labour)とは?

肉体労働、頭脳労働、感情労働

肉体労働とは、自分の体力を提供することで付加価値を生み出し、その対価を得る労働のことです。頭脳労働は、体力ではなく知力を提供する労働です。そして感情労働とは、自分の感情を押さえつけることで付加価値を生み出す労働のことを指す言葉です。

社会学者A・R・ホッシールド(Arlie Russell Hochschild)が提唱した概念で、現代社会の特徴を明らかにする考え方として、広く認知されることになりました。これから、とても大事な概念になってくるので、ぜひ理解しておきたいです。

無理難題を言ってくる上司や顧客に対して、本心を押し殺して、笑顔で対応する仕事が増えている・・・と言えば、誰もが思い当たるでしょう。程度の差はあれ、あらゆる労働には、感情労働としての側面があります。

近年、企業が従業員に対して求めている「コミュニケーション能力」というスキルも、要するに、感情労働への耐性のことを意味しているでしょう。競争が激化し、わかりやすい付加価値が出しにくくなってきているいま、多くの現場で、感情労働が求められているのです。

言うまでもなく、介護というのも、高度な感情労働の一つです。特にプロの介護職は、本心では嫌だと思っていることでも、笑顔で対応するようにトレーニングされています。それができない人は、介護業界を去っていくしかありません。

感情の管理能力が問われている

誰かにプレゼントをもらったとき、なにか嬉しいことをしてもらったとき、私たちは、それに対して少しだけ大げさに喜びを表現することがあります。それは、相手の好意への感謝をしっかりと表現することで、人間関係をより良好なものにしようとする努力です。

逆に、誰かから嫌なことをされたとき、誰かのミスで被害をうけたとき、私たちは、それに対して、なるべく婉曲に、カーブで残念に思っている意思を伝えることがあります。それによって、相手との人間関係を悪化させることなく、困ったことを解決しようとする努力です。

こうして本心を押し殺しつつ、自分の感情を管理するということは、相手との人間関係を良好に保つためのものです。人間関係は、意識されることは少ないのですが、実は、あらゆる問題を解決するための手段として、非常に大きな力を持っています。

もともとは、感情の管理能力は、個人の性格の一部として考えられてきました。しかし近年になって、これが重要な職務能力として企業経営の世界でも認知されてきているのです。そこには、非常に難しい問題が横たわっています。

基本的情動と二次的情動

ワシントン大学のマーシャ・リネハン教授らによって開発された、うつ病などの心の病に対する治療法に、弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy/DBT)というものがあります。

この考え方の背景にあるのは、自分の本心である「基本的情動」と、教育されたりして後天的に得られた「二次的情動」に関する観察です。簡単に言えば「基本的情動」と「二次的情動」に大きなギャップができてしまうとき、私たちは、心の病になってしまうということです(これだけが唯一の原因というわけではありませんが)。

人間関係が疲れるのは、そこに、このギャップがどうしても生まれるからです。そうしたギャップがあってもなお、人間関係は生きるために大切なことでもあるので、仕方がありません。ギャップがあまりにもつらいときは、その相手との付き合いを控えるという逃げもあります。

問題になるのは、こうしたギャップがある労働を強いられる感情労働です。個人的な人間関係とは異なり、毎日の仕事となると、嫌な相手からも逃げることが難しくなります。心の病が増えている背景には、こうした難しさがあるのでしょう。

三次産業化が、感情労働を増やしている

一次産業(農業、林業、漁業)は、肉体労働に近く、我慢しないとならないことは多いものの、感情労働の割合は低いでしょう。自然を相手に日々を過ごすことが多く、人間関係で我慢しなければならないことは少ない状態です。

二次産業(製造業)は、肉体労働と頭脳労働の複合であり、もちろん大変な仕事ではあります。しかし、その中身は高品質・低価格なものづくりが中心であり、誰かと良好な人間関係を築くこと自体が仕事というわけではありません。

これらに対して、そもそも人間を相手にする三次産業(サービス業)は、感情労働が中心となります。そして1970年には46.6%だった三次産業の従事者は、2010年には70.6%にまで増加しています。今後も、日本の労働者の大多数は、三次産業に従事することになるでしょう。

そして、三次産業においては、笑顔が義務付けられるなど、行きすぎた対応が出てきています。本来は個人の自由であるはずの感情の管理を、企業の経営者が行おうとしているのですから、かなりの問題です。

しかし三次産業は、そもそも顧客を良い気分にさせるサービス業です。私たちも、顧客としては、ムスッとしている人のサービスを受けるよりも、笑顔での対応をしてくれる人を選ぶでしょう。感情の管理が経営者のテーマになるのにも、それなりの背景があります。

特に今後は、人工知能の台頭によって、頭脳労働の数が減り、多くの人が、より高度な感情労働を求められるようになっていくでしょう。そうなると、基本的情動と二次的情動のギャップは、ますます広がっていくことにもなりかねません。

なにに注意していかないとならないのか

感情労働自体は、今後も、増えることはあっても、減ることはないでしょう。ですから、個人的にも、経営者としても、感情労働にともなう負の面についての理解を深め、少しでもそれを減らすという努力が求められます。

個人としては、ストレスを解消したり、ストレス耐性を高めたりすることが求められるでしょう。ストレス解消には、太陽の光を浴びつつ、感動の涙を流すような機会が必要です。ストレス耐性は、家族や親友との良好な関係に依存すると言われています。より専門的には、レジリエンスという能力に注目していく必要があります。

経営者の場合は、従業員が最もストレスを感じてしまう感情労働を特定し、そうした労働の自動化を進める必要があります。それが難しい場合は、そうした労働は、一部の特にストレス耐性が高い人材にだけ任せるといった対応が求められるでしょう。

私たちは、感情労働を前提としつつ、それとの上手な付き合い方を学んでいかないとならないということです。それはすなわち、人間関係が生み出すストレスへの対応であり、その耐性を鍛えるような教育のあり方なのでしょう。

※参考文献
・A.R. ホックシールド, 『管理される心―感情が商品になるとき』, 世界思想社(2000年4月)
・酒井 穣, 『リーダーシップでいちばん大切なこと』, JMAM(2011年3月20日)
・厚生労働省, 『労働経済の分析』(平成25年版)

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト