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トランプの勝利に、介護を考える

トランプの勝利に、介護を考える

歴史の流れとして考えるべき事件

アメリカ大統領選における、トランプの勝利は、偶然起こってしまった事故ではありません。イギリスのEU脱退と同様に、歴史の流れの中で生まれてきた必然としての意味があります。この流れの根底には、止まらない貧富の二極化があります。

CNNによれば、現代の世界は、人口の1%にあたる富裕層の資産が、残る99%の資産を合計したのと等しい状況にあります。そして、そうした状況は改善されるどころか、ますます悪くなっているのです。

民主主義は、多数決を前提としています。ですから、二極化が止められず、貧困層やそれに近い層が大多数となる世界においては、今後も、貧困層の意見を代表する政治家が当選し、そうした政策が国会を通過していくことになります。

トランプの件も、イギリスの件も、そうした大きな流れの中の個別の事件としてとらえる必要があります。根本的には、広がり続ける二極化を止めないとならないのです。しかし、世界の政治家や産業界のリーダーたち(=富裕層)は、こうした二極化の解消に関心がないように見えます。

貧困層に属してしまうのは、もはや本人の責任とは言えない

貧困層に属してしまうことになる原因のうち、最大のものは、教育の有無です。知的資本を前提としている社会において、教育の有無は、収入格差として現れてくるからです。

収入が低いと、子供に十分な教育を受けさせることができません。ですから、いちど貧困層に入ってしまうと、そこから抜け出るのは、本人の力では困難ということになります。これは、現代社会が抱える、非常に大きな問題です。

今後は、人工知能の登場によって、仕事を奪われる人も増えていきます。当然、人工知能に負けず、仕事を維持していくために必要となる教育にかかる費用も上昇していくでしょう。

このまま行けば、二極化は解消されるどころか、さらに進んでしまいます。それは、中流層の多くが、貧困層に変わっていくということでもあります。一部の人を除けば、誰もが、貧困層に属してしまう未来が迫っているのです。

自分ではどうしようもないのだから政治に頼る

一度貧困層に属してしまうと、自分の力でそこを抜け出ることは、まず不可能になります。アメリカン・ドリームというのも、要するに「例外もある」という話にすぎません。多くは例外ではなく、平均的な存在として、貧困層を抜け出ることができなくなるのです。

そうなると、貧困層にとって唯一の希望は政治になります。政治は、富の再配分を行う権力をもっているからです。富裕層からお金をとってきて、それを自分たちのところに流してもらうという方法でしか、貧困層から抜け出る手立ては(ほとんど)ないのです。

今回のアメリカの大統領選では、有名アーティストなどが、ヒラリーを応援していました。しかし、貧困層からすれば、有名アーティストとは、富裕層の象徴です。雑誌でリッチな暮らしぶりを披露しているような人々に囲まれたヒラリーが、富裕層の象徴になってしまったのも、無理のないことです。

トランプは、生まれながらの富裕層です。しかしトランプは、貧困層の意見を代弁し、自分たちの生活を脅かす外国企業や移民を攻撃してみせました。史上最年長(70歳)の大統領は、二極化がそれほど大きくなかった古き良きアメリカというビジョンを掲げたのでした。

歴史的には、貧困層は、外国企業や移民を排斥する方向に向かいます。結果として国粋主義的(右傾化)になり、それによって国の経済が悪化していきます。すると貧困層はますます増えていき、外国に対してより攻撃的な政治家が選ばれていくことになります。これは、戦争に向かう一本道です。

世界が右傾化し、21世紀が戦争の世紀になるということは、政治学者サミュエル・P・ハンチントンが『文明の衝突』という本の中で予言しています。この本の登場が今から20年前の1996年であったことを考えると、ハンチントンの卓見に驚かされます。

この歴史の流れの中における日本

日本においても、二極化は、もはや止められない勢いで進んでいます。中流層が消え、中流層は貧困層になってきています。不利な条件で働かされる派遣労働者の割合もすでに4割を超えています。生活保護の受給者数も、毎年、過去最高を更新しています。これと同時に、学費は年々値上がりしているのです。

高齢者の6割は、貯蓄が足りないと考えています。そんな高齢者の数は、今後、激増していくのです。現在の日本の平均年齢は46歳を超えており、貧困にあえぐ高齢者が日本の多数派となるのも時間の問題です。そのとき、日本では、貧困の高齢者にとって有利な政治家が当選していくことになるでしょう。

するとどうなるでしょう。貧困の高齢者は、自分のところに流れてくるお金を、名も知らぬ子供のところに流れるお金よりも重要視します。日本の子育て環境は悪化し、国として子供の教育にかけるお金も減るでしょう。結果として、日本に生まれてくると、将来の貧困が約束されたような状態になります。

この流れを止めるには、公教育の充実が不可欠です。しかしすでに日本は、OECD加盟国の中でも、1人あたりの子供にかけている国の教育予算が最低(2012年のデータ)という状況にあるのです。アメリカで起こったことが、日本でも起こるのは、そう遠くない未来と言えそうです。

介護の状況は、加速度的に悪化する可能性が高い

ここまでの話を受けて、もしかしたら、貧困の高齢者の数が増えるのだから、介護にお金が流れてくると誤解してしまうかもしれません。しかし、それは間違いです。たしかに高齢者の数は増えるので、高齢者にとって有利な政策が議会を通過していくのは間違いないでしょう。

しかし、いかに高齢者とはいえ、介護を必要としていない人のほうが大多数であることを忘れてはなりません。介護が必要になる(要介護出現率)のは、70〜74歳で約6%、75〜79歳で約14%です。そして民主主義を前提としている限り、大多数でないということは、それだけで不利になるということでもあります。

大多数を構成することになる貧困の高齢者が求めるのは「自分のところにお金が流れてくること」であって「介護にお金が必要な他者のところにお金が流れること」ではないのです。そして、特に日本は、困っている他者を国が救うことに対して反対と答える人が多い社会です。

そもそも社会福祉とは、社会的弱者のためのものです。ここには大前提として、社会的弱者は大多数のことではなく、少数であるという認識が必要です。民主主義には、少数意見が無視されるという設計エラーがあるのです。だからこそ、社会福祉の充実が大事なのです。

強調しておきたいのは、これは貧困層に属する人々が悪いということではない、という事実です。人間という生き物は、そもそも、まずは自分とその家族の利益を優先するようにできているという、ただそれだけのことです。

歴史的にみれば、人間は、自分の利益になる限りにおいて、戦争さえ受け入れてしまう生き物です。ナチス政権が、当時のドイツにおける分厚い貧困層を背景とした、正当な民主主義の中で生まれたことを忘れるべきではありません。

カリスマ化したヒトラーが、民主主義のプロセスを経て首相に任命されたのは1933年のことです。世界は、それからまだ80年しか経っていません。わずか80年という期間で、人間の遺伝子が変わったと考えるのは無理があるでしょう。そして、トランプの当選は、この事実を世界に突きつけているのです。

この絶望を止められるのは教育だけ

教育ではなく、テレビに代表される大手メディアに頼っている限り、二極化からの右傾化、そして戦争という流れが確定してしまいます。テレビでは、いずれ、トランプ的な政治家を好意的にとらえる番組も、必ず登場してきます。

視聴率によって成立しているテレビは、そもそも、大多数の意見に寄り添うしか生き残る道がないからです。視聴者が好むメッセージを流す番組は、自動的に、高齢者が好むメッセージに偏っていきます。年齢が上がるごとに、テレビの視聴時間が増えるからです。

民主主義に含まれている設計エラーを避けるために必要なのは、テレビではなくて、教育なのです。そして、教育に分配されている国家予算が少なくなると、本来は平和で安全な社会の実現を目的とした民主主義は機能しなくなります。また、社会福祉も機能しなくなります。

では私たちは、日本の国家予算を、介護に使うべきか、教育に使うべきかという二つで迷ったとき、教育を選ぶことができるでしょうか。苦しい自分の状況は自分でなんとかして、そこにお金を使うくらいなら、名前も知らないどこかの子供のためにお金を使うべきだという判断ができるでしょうか。

もちろん、日本の介護保険制度の改悪を、簡単に受け入れてしまうことはできません。しかし、私たちは遠くない将来、子供と高齢者、どちらを選ぶのかという究極の選択を迫られることになります。

※参考文献
・CNN, 『1%の富裕層、世界の富の半分を保有へ』, 2015年1月20日
・生命保険文化センター, 『介護や支援が必要な人の割合はどれくらい?』
・日本経済新聞, 『教育への公的支出、日本また最下位 12年OECD調査』, 2015年11月24日

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