閉じる

マンスプレイニング(mansplaining)とはなにか?銀行預金型教育の弊害として

マンスプレイニング(mansplaining)とはなにか?

「マンスプレイニング」とはなにか?

「マンスプレイニング(mansplaining)」とは、男性を表す「man(マン)」と、説明や解説を表す「explain(エクスプレイン)」を掛け合わせた造語です。2008年頃のアメリカで使われ始めた言葉で、近年、注目を集めているものです。

この言葉の意味するところは「男性が女性を見下したような傲慢な態度で何かを説明すること」というものです。最近では、アメリカの大統領選挙における、トランプ氏の発言を揶揄して使われることがあったので、聞いたことのある人も増えているでしょう。

この言葉のもとになったのは、レベッカ・ソルニット(ジャーナリスト)のエッセイだと言われています。パーティーで彼女に声をかけた男性が、彼女がある本の著者であると知らずに、その内容について得意げに語ったことがきっかけだったそうです。

レベッカは、この時のことを『Men explain things to me.』というタイトルでエッセイにしています。このタイトルの音感から「マンスプレイニング(mansplaining)」という言葉が生まれたようです。日本ではまだ使われ始めたばかりの言葉ですが、アメリカではすでに定着しています。

背景からも明らかなとおり「マンスプレイニング」は、基本的には男性の行動を表現している言葉です。男性は、女性が自分よりも多くのことを知っているかもしれないということを考慮することなく話してしまいます。その時男性は、相手が女性であるというだけで、自分よりも下の存在であると無意識にも判断しているのです。

日本でも「マンスプレイニング」が多発している?

この「マンスプレイニング」という概念は、先にも述べたように「男性から女性への一方的な説明」の場面で起こるものとされています。しかし、日常生活の中で、実際にこのような経験をしたことがある人は、定義されている男性から女性という方向性のみならず、男女を問わず、沢山いるのではないでしょうか。

男性同士であっても、女性同士であっても、あるいは女性から男性に対しても、この「マンスプレイニング」と同じ状況は起こり得ます。また、年上の人間が年下に対して(つい)やってしまうことが多いとは思われますが、年齢に関係なく起こる場合もあります。おそらくエイジズムとの関連もあるでしょう。

いずれにせよ、相手が教えをこいたいと思っている時と、そうではない時で、こちらが話すことに対する相手の受け取り方は大きく変わります。何かについて相手に教えようとする場合、私たちは相手がどういう捉え方をするのかを、本当はじっくりと考えなければならないのです。

背景には「銀行預金型教育」の弊害がある

では、どうしてこうした状況が生まれてしまうのでしょうか。過去にも記事にしましたが、古くから世界では「銀行預金型教育」が実施されてきました。

「銀行預金型教育」とは、簡単に言うと、教師が生徒に一方的に知識を与えるだけの教育です。ここでは教える側、教えられる側がはっきりしており、教師は生徒に知識を与えて当然とされます。教育学者のパウロ・フレイレは、この教育法が、他者から与えられた役割だけを引き受けて、順応するだけの人間を生み出してしまうとして批判したのでした。

日本でも、長きに渡って、この「銀行預金型教育」が展開されてきました。そこには一定の効果があったことも事実です。しかし、時代の変化とともに、この教育方法ではこれからの社会を生き抜いていく力が育たないとされ、今では多くの教育現場で「課題提起型教育」が展開されています。

しかし、現在の日本社会に出ている多くの大人たちは、前者の「銀行預金型教育」で育ってきた人間です。海外と比べると圧倒的にディスカッションなどの経験が少ない状態で育ってきたことは間違いありません。

昔の教師がそうであったように、知らず知らずのうちに、自分が持っている知識を相手に教えることに権威を感じてしまう人間が育っている可能性があります。つまり、そもそも人に何かを教えたい人間が沢山いるということです。

教えること自体は悪いことではありません。ただ、相手が自分より年下であるとか、相手が異性であるということだけで、自分の方が多くの知識を持っていると考えてしまうのは非常に危険です。これを見誤ってしまうと、自分が恥ずかしい思いをするだけでなく、相手にも不快な思いをさせてしまいます。

介護の場面でも起こりえる「マンスプレイニング」

以上みてきたように「マンスプレイニング」は誰かにとって固有の特徴であるというよりは、誰もが陥りやすい落とし穴だと思われます。特に、立場に明確な差がある時には、より注意する必要があるでしょう。

介護の場面では、介護者(家族や介護職)と要介護者という形で、明確に立場が分かれます。多くの場合、これは、若い介護者と、高齢の要介護者という関係になります。高齢の男性が要介護者であれば、若い介護者のことを、なんとなく下に見てしまうことも多いでしょう。この状態は「マンスプレイニング」に近いはずです。

毎回、この状況をそのまま受け止め、介護者がストレスをため続けるのは無駄なことです。特に、高齢の男性には、これは「マンスプレイニング」だな、自分もそういうことをしてしまう可能性があるな、と自分自身を再認識してもらうことが大事でしょう。

もちろん、介護者もまた「マンスプレイニング」を犯してしまうことがあるでしょう。特に、男性の介護者が、女性の要介護者に対してなにかを伝えようとするときは「マンスプレイニング」に注意する必要もあるはずです。

人間はそもそも、本能的に他者からの支配を拒みます。相手が自ら考え、何かを選ぼうとしている時に、その主導権を奪わないようにし、相手が本当にアドバイスやサポートを必要としているのか、見極める必要があります。

※参考文献
・ホーン川嶋瑤子, 『フェミニズム理論の現在:アメリカでの展開を中心に』, ジェンダー研究 第3号, 2000
・Tom Dispatch.com, 『Rebecca Solnit,The Archipelago of Arrogance』, April 13, 2008

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト

ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由