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終わらない問題;親を恨んで生きるのか、自分を責めて生きるのか。

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終わらない問題

介護をしていて、とても悩むことがあります。それは、要介護者である親のために、自分の人生をどこまで犠牲にするのかというものです。もちろん、悩むまでもなく、コントロールできないままに犠牲になる部分もあります。

しかしそれでも、この悩みは、多くの介護者が共通して持っているものではないでしょうか。特に、周囲に「立派な介護をした人」がいたりすると、親戚筋からの非難も大きくなったりします。

具体的には、乗り気ではない親を、介護施設に入居させる決断をする場合、この悩みは大きくなります。「そうじゃない」と言われても、自分を大切にしてくれた親を捨てるような、そんな気分になってしまいます。

はじめは、よく面会に行っていても、徐々に足が遠のき、不義理になったりもします。結果として、ふとしたときに、自分を責めることにもなるでしょう。

では、親の希望どおりに同居して、場合によっては仕事も辞めて介護に専念し、結果として親を恨むようなことになればいいのかというと、これも違います。親も、子供に恨まれることを望んでいるわけではないでしょう。

精神的に、辛いのだけど・・・

介護の負担は、肉体的、経済的、精神的な負担に分解できます。この中で、肉体的な負担を下げるには、介護器具や介護サービスを使う手があります。経済的負担を下げるのは簡単ではありませんが、ケアマネに相談しながら上手なやりくりを考える手があります。

しかし・・・精神的な負担は、どうすればいいのでしょうか。誰かに愚痴を聞いてもらったり、なぐさめてもらえればよいですが、そういう相手がいない場合も多いでしょう。

そんなとき、心理学的の用語である「cognition」がヒントになるかもしれません。直訳すると「cognition」=「認知」という意味です。

認知について、少しだけ

人間は、この世界の全ての物事を、自分というフィルターを通して「認知」しています。例えば、最近のニュースで「特別養護老人ホームが増える」というものがありましたね。KAIGO LABでは、ネガティブな記事にしています。ですが、このニュースをポジティブにとらえることもできます。

私たちには、物事をネガティブにとらえるのか、ポジティブにとらえるのかという自由が与えられていて、それは自分で(ある程度までは)コントロールできるということです。この考えを強調するとき、心理学の世界では「cognition」という言葉を使います。

どんな選択をしても、事実はそこにあるだけです。問題は、その事実をどう「認知」するのかということです(「認知症」は、ここが上手く働かなくなる病気ということです)。繰り返しますが、それをネガティブにも、ポジティブにも、どちらにもとらえる自由は、私たちの側にあります。

親を恨みたくなったとき、自分を責めてしまうとき

親を介護施設に入れているなら、そのネガティブな面だけでなく、ポジティブな面についてもたくさん考えてみる自由があります。親と同居しているにしても、同じことです。

いまいちど。全ての決断とその決断がもたらす事実には、ネガティブな面も、ポジティブな面も、どちらもあります。そして、私たち人間は、自分の心をどちらの方向に向けるのかという「認知」を、自分でコントロールできる生き物なのです。

親を恨みたくなったとき、はたまた自分を責めてしまうとき「でも、よい面もあるよな・・・」という具合に、ポジティブなところを列挙してみることも、見当してみてください。
 

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