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超高齢社会を取り巻くエイジズム(年齢差別)をなくすことが要介護者を減らすことにつながる

超高齢社会を取り巻くエイジズム(年齢差別)

高齢者を取り巻くエイジズムとは?

エイジズムという言葉をご存知でしょうか。日本ではあまり聞きなれない言葉かもしれません。エイジズムとは、広い意味ではすべての年齢における、年齢による偏見や差別を指しますが、狭い意味では、高齢者に対する年齢による差別(年齢差別)のことを指します。

アメリカの国立老化研究所の初代所長であったバトラーは「人種差別や性差別が、皮膚の色や性別をもってその目的を達成するように、老人差別は、歳をとっているという理由で老人たちを組織的に一つの型にはめ、差別をすることである」と定義しました。

私たちは小さい頃から、学校教育の中で、あるいは地域社会の中で、多くの差別について学び、また実際に経験します。教科書を通して、世界中で起きてきた人種差別を学び、様々な国籍をもった児童や生徒が在籍している学校では、国による文化や考え方の違いを肌で感じ、そこに起きてしまう差別を経験するでしょう。

性の違いによる差別は、人種差別以上に、ありとあらゆるところで目の当たりにし、経験します。特に最近では、女性活用、女性活躍、といった言葉が問題として取り上げられることもしばしばありますが、こうした活動自体が、女性が差別されていることの動かせない証明にもなっています。

エイジズムについての社会的な認知は足りていない

人種差別にしても、性差別にしても、色々な考え方があるにせよ、世の中としては、そのような差別を解消していこうとする動きが存在しています。教育を受けていれば、差別がいけないことであることは、誰もが知っているでしょう。

一方、エイジズムについてはどうでしょうか。私たちは高齢者に対して、肯定的なイメージも、否定的なイメージも両方持ち合わせています。それは若い人に限らず、高齢者自身も持ってしまっているイメージです。

内閣府が行った調査によれば、高齢者に対する肯定的なイメージとして、経験や知識の豊富さや、時間にしばられない自由さ、またボランティアや地域活動による社会貢献などが挙げられました。

逆に、否定的なイメージとしては、心身の衰えによる健康面での不安や、周囲との触れ合いがないことによる孤独感、また仕事をしていないため社会の役に立っていないこと、などが挙げられました。

人種差別や性差別はある意味でわかりやすく、否定しやすいものです。しかしエイジズムはそうもいきません。高齢者に対するネガティブなイメージは、ある意味、高齢者を優遇するうえで大切な指標になっている部分もあるからです。

例えば、高齢者に対する医療費負担の軽減や、介護保険制度についても、高齢者が若者とは違う、特別な存在であるという前提で成り立っている制度です。民間における高齢者割引なども、高齢者は「守られるべきである」という考え方の上で成り立っています。

ただ、高齢者だからといって、何でもかんでもひとくくりに考えてしまうのは、高齢者の多様性を完全に無視していることになります。高齢者であっても、心身共に健康で、充実しており、生涯現役として働くことが出来る人も少なくありません。

実際に、高齢者=弱者・守らなければならないものである、という誤ったイメージが、高齢者=働かない社会のお荷物である、という意識を生んでしまっています。高齢者がみな、働きたくないわけではないにも関わらず、エイジズムは高齢者をお荷物という負のイメージでひとくくりにしてしまいます。

そしてそれが、企業の高齢者雇用に対する施策、また個々人が長寿時代を生き抜いていく上での、人生設計に大きな影響を及ぼしています。問題は、この影響が大きすぎて、高齢者自身も含めて、これが差別であるという意識につながっていかないことです。

高齢者はいつまで働くべきなのか

高齢社会白書によると、2014年現在の労働力人口(15歳以上の就業者と完全失業者の合計)は6,587万人でした。このうち65歳以上の高齢者は696万人で、全体の10.6%を占めています。1980年で見れば、65歳以上の占める割合は4.9%だったので、その増加は一目瞭然です。65歳以上の高齢者が、この社会を創るうえで貴重な労働力になっていることは間違いありません。

人生90年という時代を迎えるにあたり、高齢者が「いつまで働くのか」というテーマは、個人の人生にとって大きな問題です。それと同時に、これからの日本全体にとっても、非常に重要なテーマになるでしょう。

かつて、平均寿命が60年前後だった頃は、50~55歳くらいまで働いて、数年の余生を楽しんで暮らし、人生を全うするといった考えが普通でした。高度経済成長を経て平均寿命が延びてきても、60歳を過ぎたら定年退職して、第二の人生を楽しむというスタイルが一般的だったのです。

しかし、現在ではそのモデルは成り立たなくなってきています。60~65歳で定年を迎えても、その先にまだ20年以上もの人生が待っているのです。そして、それだけ長い期間を、年金にだけ頼っていては、生きてはいけない人も増えてきています。

社会保障制度の面で考えても、現行の制度では、限界が見えています。社会保障費は、毎年1兆円規模で増加し続ける見込みです。2025年度には年金に65兆円、医療に48兆円、介護に17兆円の財源が必要になるという試算も出されています。

このままの人口推移でいけば、1990年には約6人の現役世代で1人の高齢者を支えていたものが、2010年では現役世代2.8人で1人、2030年には現役世代1.8人で1人、そして2050年には現役世代1.3人で1人を支えることになります。ほぼ現役世代1人で高齢者1人を支える構図になるのです。少子高齢化が止まる見込みのない状況の中で、この労働者の不足をどう補うのでしょうか。

人工知能の発達により、今ある仕事の多くが自動化され、一時的に多くの労働者が仕事を奪われると言われています。もちろん、その先には、食べるために働く必要のない、夢のような世界が待っている可能性もあります。しかし、そこに至るまでの間「働く人がいない」という状況は避けなければなりません。国内の生産年齢人口が減っていくのであれば、海外にその労働力を求めるか、あるいは高齢者が引退せずに、生涯現役として働き続けるしかないのです。

本当はまだまだ働きたい高齢者が沢山いる

少し古い調査結果になりますが、総務省の労働力調査によると(2011年)、60~64歳の就業率は44.2%、65~69歳では36.3%です。つまり、60~69歳では約6割の人が就業できていないことになります。もちろんすべての高齢者が働くことを望んでいるわけではありません。

ただ、高齢者の就労に対する意識調査では、約4割の方が「働けるうちはいつまでも働きたい」と答え、それを含めて約7割が「70歳まで働きたい」と答えています。この数字だけを見れば、増え続ける高齢の労働者人口に対して、高齢者が働ける場の拡大が追い付いてないということかもしれません。

高齢者が定年退職を迎えた後、もう一度就労の機会を確保するために、ハローワークやシルバー人材センターなどを利用することができます。しかし、斡旋される仕事は、清掃や調理、梱包などの一般作業、家事サービス、建物管理、一般的な事務仕事、配達、集金などの折衝外交など、かなり限定的な仕事です。

最近では、少しずつではありますが、自宅でパソコンを使って、遠隔で自分の専門分野の仕事が出来る在宅ワーク(SOHO)や、趣味やもともと持っていた資格を活かした起業、またNPO団体などに所属して行うソーシャル・ビジネスなども増えてきてはいます。

また今後、定年退職については、変わっていく可能性が十分あります。社会がエイジズムに囚われず、高齢者に対してどんどん活躍の場を与え、高齢者自身もエイジズムに囚われず、元気で活躍することは、結果的に介護を必要とする高齢者の数を減らしていくことにもつながります。

間違いなく進んでいく超高齢社会のネガティブな面だけに目を向けていると、高齢者がお荷物である、という悲しいエイジズムに行きついてしまいます。いかに人生90年を楽しむか、個人としても社会としても、すぐ始められる第2のわらじ、第3のわらじを探してみるべきではないでしょうか。

※参考文献
・鳥羽 美香, 『エイジズムと社会福祉実践-専門職の高齢者観と実践への影響-』, 文京学院大学研究紀要 Vol.7, No.1, 2005年
・内閣府, 『平成27年版高齢社会白書(概要版)』, 2015年
・東京大学高齢社会総合研究機構, 『東大がつくった高齢社会の教科書』, Benesse, 2013年

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