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進化医学(ダーウィン医学)からみた「老化」とは?

進化医学(ダーウィン医学)

進化を考慮しない生物学には意味がない

生物学において偉大な功績を残した進化生物学者、テオドシウス・ドブジャンスキー(Theodosius Dobzhansky)は「生物学では、進化というものを考えに入れなければ、なにひとつ意味を持たない」という言葉を残しています。

医学もまた、生物学を前提としているのですから、そこには進化という視点も必要です。特に、進化という側面から病理を考える学問分野のことを「進化医学(ダーウィン医学)」と言います。医師であれば、多くが認識し勉強している分野になりますが、一般には、まだ広い認知が得られているとは言えない分野かもしれません。

たとえば、私たちを日常的に悩ませる風邪(かぜ)について「進化医学」という側面から考えてみます。

風邪の原因は、ウイルスです。このウイルスは高温に弱いため、体の中でも温度の低い喉や鼻(33〜34度程度)に感染する傾向があります。そこで、体は風邪のウイルスに感染すると、喉や鼻からウイルスを追い出すためにクシャミを使います。また、それ以上、ウイルスが全身に感染しないように発熱(37〜40度程度)するわけです。

風邪になると倦怠感が出るのも、体に安静を強いることで、ウイルスとの戦いにエネルギーを温存するためです。また、発熱には、ウイルスが全身に感染するのを防ぐためだけでなく、ウイルスと闘う免疫細胞を活性化するという意味があるとも言われています。

一般には、暖かくして大量の汗をかけば、風邪は治ると言われます。しかし、これは正確ではありません。暖かくするのが大事なのは、それによってウイルスの増殖をおさえつつ、免疫細胞を活性化させるためです。しかし、汗の役割は、体温を下げることにあるので、汗をかけば治るというのはおかしな話なのです。

真実は、こうです。暖かくすることで、体はウイルスとの戦いに勝ちます。大量の汗が出るのは、その勝利の後のことなのです。ウイルスが駆逐されれば、それまでの高熱を維持する必要がなくなり、今度は、体温を平熱に下げる必要が出てきます。そこで大量の汗が必要になるというわけです。

風邪をひいたとき、解熱剤で無理に症状をおさえると、ウイルスは全身に感染し、免疫細胞は活性化されず、かえって風邪は長引くことになります。もちろん、高熱が行き過ぎると様々なリスクもありますから、医師の指示に従って治療をすることが必要です。

ちなみに、風邪の原因となるウイルスには数百種類があると考えられており、直接、このウイルスを駆逐できる薬は存在しません。すぐに抗生物質を欲しがる人もいますが、基本的に、抗生物質は効きません。仮に効いたとしても、すぐに耐性をもった新型ウイルスができるので、有効ではないのです。

風邪をひいたときの体の反応(クシャミ、発熱、倦怠感など)は、ウイルスとの戦いの歴史を勝ち抜いた人類が、進化の過程で獲得したウイルスに勝つ手段なのです。その体の反応(勝つ手段)を、安易に薬でおさえつけることには、大きなリスクもあると理解しておく必要があるでしょう。

進化医学からみた「老化」とは?

生物の多くは、子供を産み、育てる能力を失うと同時に(生殖年齢を越えると)、弱り、死んで行きます。人間の場合、身体能力が最高になるのは20〜30代です。この年代を越えると、身体能力は衰えはじめ、生殖能力も減退していき、いわゆる「老化」が目立つようになっていきます。

しかし人間は、他の生物とは異なり、生殖年齢を超えても生きています。これは、生物学の世界では長年の論争となっており、はっきりとした原因は未だに不明です。とはいえ、進化医学には、いくつかの有力な仮説も存在しています。

人間が、生殖年齢を超えても「老化」を受け入れながら長生きする背景には、進化上、有利な意味があるという点では、広く合意されています。この意味として、もっとも有名な仮説は「おばあさん仮説(grandmother hypothesis)」です。少しふざけた名前ですが、きちんと、学問の世界で通用するものです。

「おばあさん仮説」とは、閉経し、子供を産む能力を失ったおばあさんは、すでに生まれている子供や孫の世話に集中することで、子供や孫の生存確率を高めることに貢献しているというものです。高齢出産のリスクを受け入れるよりも、子供や孫の世話に集中したほうが、人間全体としての繁栄に寄与できるという仮説です。

逆に、人間に「老化」が起こらない場合、若者と高齢者の間で、限られた資源を巡る激しい争いが起こるでしょう。この場合、知識でも経験でも上になる高齢者が若者に勝ち続けることで、若者は子孫を残すことができなくなります。こうなると、人類の進化も止まってしまいます。

「老化」があることで、高齢者は、若者と正面衝突をしても勝てなくなります。結果として、出産適齢期の若者は、資源を確保し、子孫を残すことができるようになるわけです。あくまでも仮説にすぎませんが、人間に「老化」が備わっているのは、ゆるやかな世代交代による進化を起こすためではないかと考えられています。

がんや認知症に進化医学的な意味はあるのか?

進化医学は、進化の歴史の中で、今も自然淘汰されずに残っている病気の背景には、なんらかの意味があると考えます。むしろ、こうした病気の原因となる体内の仕組みがあったからこそ、自然淘汰を生き残ることができた可能性を探るのです。

たとえば糖尿病は、人類が慢性的な飢餓状態にあった時代に生み出された、糖分を効率的に体内に蓄積する仕組みが原因と考えられています。飢餓状態には強いのですが、いざ、毎日食事がとれるようになると、糖分を蓄積しすぎてしまい、糖尿病に至ってしまうのです。

では、介護という文脈において、非常に悩ましい病気であるがんや認知症にも、背景に、こうした進化医学上の意義が認められるのでしょうか。ここについては、少しまた別の視点が必要です。

若年性のがんや認知症もありますが、統計的には、がんや認知症は、高齢者に多い病気です。高齢者に多い病気というのは、進化における自然淘汰では消えていかないという点に注意が必要です。

進化によって消えていく病気というのは、その病気を抱えていると、子孫を残せる確率が下がる場合に限られます。

しかし、高齢者になってから発症する病気というのは、一般には、子供を産み、育て終わってから発症しています。そうなると、その病気の原因となる遺伝子は、すでに子供に受け継がれた後ということになります。つまり、その病気になろうが、なるまいが、子孫を残す能力については問題がないのです。

その意味で、がんや認知症のような病気は、人類史の過去から現在、そしてずっと先の未来になっても、進化医学という視点からは、解決されないと考えられます。逆に、進化に頼っていては解決されないからこそ、人間の知性による先端医療が活躍していくべき領域なのです。

※参考文献
・栃内新, 『進化から見た病気』, 講談社(2009年)

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