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【ある看護士より】生死の判断は、素人はしないほうがいいです。

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気持ちに余裕がない場合は、この記事は読まないでください。「看取り」に関する内容になります。

考えたくないことですが・・・

介護者として、被介護者の最後を看取るというのは、いつか必ず訪れてしまうことです。それについて考えるのは、とても辛いものではあります。しかし、ひとつ、看取ることについて注意したいことがあります。

それは、仮に被介護者が死んでいるように見えたとしても、生死の判断は、介護者はしないほうがいいということです。一般の介護者は、日進月歩の医療技術に関しての素人であり、被介護者が死んでいるように見えたとしても、実際には生きている、まだ治療のすべがあるというケースも少なくないからです。

逆に、本当の意味で被介護者の死に際して、唯一の「第一発見者」となった場合、事件性を疑うことが仕事である警察の事情聴取を、ただ一人で受けることになり、とても大変です。警察としては、これも大事な仕事です。ですが、愛する人との別れの場面で、自分でこうした対応をするのは、精神的に非常に辛いものになります。

この話をしてくれた「ある看護士」は、こうした場面をたくさん見てきたそうです。「なにも、今、そんなことを聞かなくても・・・」というやりきれない思いをたくさんしてきました。だからこそ、KAIGO LABで、この話題を取り上げて欲しいと言ってくれたのです。

そのとき、どうすればいいのか

ですから、介護者として被介護者が亡くなっているように見えたとしても、まずは担当の医師・看護士に緊急の連絡をするようにしてください。万が一担当の医師・看護士への緊急の連絡がつながらない場合は、迷わずに救急車を呼びましょう。

このときのコミュニケーションは、素人判断で「死んでいる」とは言わず「こちらの呼びかけに反応しない」とか「息をしていないように見える」という客観的な事実を伝えるようにしてください。亡くなっているかどうか、蘇生の可能性がないのかは、医療の素人には本当にわからないものです。

警察への対応は、その後、医師・看護士や介護サービス業者がしてくれるのが一般的です。彼らが、介護の背景や、被介護者の健康状態について医学的・介護的な見地から、しっかりと警察に説明をしてくれます(これに1時間〜3時間といった時間がかかります)。一生懸命対応してきた被介護者の死について疑われるのは、つらくて、非常に悲しいものです。

いつかは訪れてしまう、愛する被介護者との離別は、普段はなかなか考えられないものです。それにより、いざ、そうした場面に出くわすと、介護者はパニックになってしまいます。そんなとき、パニックになっている介護者に代わり、冷静な対応をしてくれるのが、医師・看護士、介護サービスの人々です。

不謹慎な話だとお叱りを受けるかもしれません。しかし、こうしたことも記憶の片隅に置いておかないと、いざというときに困ります。
 

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