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【書評27】『開店休業』吉本隆明著, ハルノ宵子著, 幻冬舎文庫

開店休業 (幻冬舎文庫)
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その成立の仕方自体が、かなりユニークな本です。本書は、吉本隆明が書いてきた雑誌(dancyu)連載のエッセイに対して、吉本隆明の長女であるハルノ宵子が、記事の一つ一つに対して、文章(追想文)と絵を添えていく形でできているのです。

まず、吉本隆明は、詩人・文芸評論家・思想家として知られていた人です。1960年代、70年代に若者だった人たちには、特に大きな影響力を持っています。その後の世代には「吉本ばななの父」といえば、イメージがつくかもしれません。吉本隆明は、1924年に生まれ、2012年に亡くなっています。

ハルノ宵子は、自分の仕事をしながら、吉本隆明とその妻(ハルノ宵子から見た両親)を、20年以上に渡って介護していました。文庫版のあとがき(p265、266)には、ハルノ宵子による、以下の記述があります。

すぐフラフラと出かけるくせに、なぜか二時間もすると「帰らなくちゃ!」と思う。三時間・四時間でそわそわし出すので、遠出もできない。完全に“病んで”いる…が、まぁ仕方あるまい。二十年以上、一時間・二時間と自分の時間をかすめ盗るような生活をしてきたのだ。容易には、この習性から抜け出せないだろう。

これは、両親を見送ってから数年後のハルノ宵子の心境になります。喪失感の深さ、介護の時間の長さと重さが伝わってきます。

両親は、どちらも強烈な個性の持ち主でした。同居して介護する大変さは想像を絶するものだったでしょう。しかし、介護の大変さが強調されているわけではありません。両親を描くときの距離感とユーモアのセンスが抜群です。

吉本隆明は、30代に重度の糖尿病を発症したにもかかわらず、食欲を抑えることができません。食事制限をめぐる妻との攻防には軽く触れているだけです(p48~51)。しかし、レシートから、何を食べたかが妻にバレてしまいます。

ハルノ宵子は「私が大学で京都に行き、家を離れていた数年間の“食べる父と止める母”との戦いは、熾烈を極めたものだったらしい(いなくて良かった~!)」と言い(p52、53)、生真面目な母親がついに「ブチ切れ、その後一切の炊事を放棄し、以後二度と台所に立つことは無かった。」(p53)と書きます。

この原因となったレシートに記載されていたのは「上野精養軒ビアガーデン 生ビール1・ミックスピザ1・焼き鳥1・フライドポテト1」「凮月堂 生ビール1・豆腐グラタン1・スペシャルサンド1…」。いずれも、吉本隆明が散歩のついでにこっそり食べていたものです。

母親も母親です。結核で、ハルノ宵子を産むことすら医師に反対されたような身です。なのに、次女を産む朝、タバコ屋が開くのを待って一服してから産院に入ったりします(p126)。

晩年も『母は筋金入りの“デカダン”で、結核で片肺だったにも係わらず、タバコを手放さなかった。医者に「呼吸困難で苦しんで死にますよ~」と脅されても、「そうねー」と聞き流していた。そして亡くなる前夜まで、いつも通り酒もタバコもやっていた。』そして『「良いコト・悪いコト」なんて、実は人智の外側にあるのかもしれない』とハルノ宵子は言っています(p243)。

これが「食事制限を守れない夫にぶち切れる妻」のイメージでしょうか?かなり離れ(離れすぎ)ているようです。「生真面目でデカダン(=退廃的)」な母親は、子どもにとっては困りものですが、人間としては魅力的です。ハルノ宵子の文章は、そのあたりの機微をよくとらえていて読ませます。

自身の生活についても、さらっと書いています。

『レジ袋おばさん参上!』(p206〜207)は、ハルノ宵子が、大量のレジ袋を抱えたまま飲み屋に寄る話です。ここで語られる「こじゃれた店の不満足な対応」については、思わずうなずく読者も多いでしょう。

「夏の夕方に、たまらず目の前の居酒屋に突入する」ハルノ宵子は、足の間にレジ袋を突っ込んでカウンターに座ります。料理好きらしく、厨房の人の手際を見て楽しみます。店に入ってから生ビール中2杯と肴を平らげてお勘定まで、わずか20分です。自分の時間をかすめ盗るような生活(前述p265)の一場面ですが、悲壮感はありません。

吉本隆明は、食をめぐって、思い出や日々の営みを味わい深く綴ります。

吉本隆明は、雑誌アンアンに、モデルとして登場したこともあります。権威ぶらないお茶目な面がある人です。おじさんをおしゃれに変身させるという企画でした。「知の巨人」とまで言われた人ですから、ちょっとした物議をかもしました。「吉本ともあろうものが」と苦々しく思う人もいたわけです。

味わいというよりは、心身の衰えと感じられるところも出てきます。しかし、低血糖の昏睡から回復したばかりでも、午前3時から原稿を書きあげ、締め切りに間に合わせます。ハルノ宵子は、この父親の姿を「物書き根性」(p78〜79)で書き、父の遺体の傍で、イラストのラフを仕上げる自身のことを書いています。壮絶で切なく温かい話です。

父のエッセイに呼応して、娘の思いは、自在に行き来します。幼い父、壮年の父、若かりし両親、愛情に恵まれた自身の子ども時代がいきいきとよみがえります。次の記述(p260)を読むと、ハルノ宵子にとって、本書の執筆はグリーフ・ケア(愛する者の死が生み出す悲しみのケア)だったように感じられます。

“書く”という行為には、少なからず客観性が必要だ。客観的に家族を見直すことは、私にとって最高の“認知療法”となった。おかげ様で精神のバランスを保てたのだと思っている

いかにそれが筆者のためにもなるとはいえ、そこはプロです。本書の記述は、特殊な個人の話になってしまうことはありません。本書をきっかけに、読者がそれぞれの家族に思いを馳せることができると思います。

思い出づくりは、じぃじやばぁばのためなのだろうかーと考えることがある。本当は私たち子ども世代が、あと数えるほどしかない父・母との思い出をつくりたかったのではないだろうか。もちろんその場でのじぃじやはぁばは楽しんでくれるが、翌日再び見えない歩けない閉塞的な日常に戻れば、昨日の記憶は消える。自由にならない身体をかかえた老人は、一日生きるだけでへとへとに疲れる。日々重荷を忘却の川に捨てていく。でも確かに私たちはもらった。「老人銀座」の初夏の夕暮れの空気を忘れない。無理して時間をさいて“してあげた”つもりでも、最後まで子供は親からあたえられているのかもしれない。

 

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