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【映画評3】『エンディングノート』砂田麻美監督(ネタバレ注意)

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個人的には、観ていて、途中で吐いてしまうほど、泣きました。一人の人間が死にゆくプロセスを、これだけ美しく表現できたドキュメンタリー映画を、他に知りません。悲壮感はなく、死に際してもビジネスライクな父の姿は、ユーモラスでさえあります。

ある熱血営業マンの死

2010年1月頭の新聞各紙に、ある大会社の元専務の訃報が掲載されました。戦後の日本の発展を支えた、典型的な熱血営業マンでした。役員として67歳で退職した後、ほどなくしてステージ4(転移など一番進行してしまった状態)の胃がんが見つかります。この作品は、この熱血営業マンの人生を振り返り、亡くなるまでの記録を編集したドキュメンタリー映画です。

砂田 知昭氏(すなだ・ともあき=元関東電化工業専務)12月29日午後8時20分、胃がんのため東京都港区の病院で死去、69歳。岐阜県出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。喪主は妻淳子(じゅんこ)さん。2010/1/5(共同通信)

近年、介護業界でも「エンディングノート」の重要性が叫ばれています。「エンディングノート」とは、自らがどのように死んで行きたいのかについて、あまり形式にこだわらず、自らの考えを書き出しておくものです。

亡くなった砂田知昭氏は、エリートビジネスマンとして鍛え上げられた「段取り力」を活かし、この「エンディングノート」を完成させていきます。この映画作品は、なかなな理解しにくい「エンディングノート」の本質を知るためにも、最高の教科書になっています(ある意味で、模範解答すぎる面もあるのですが)。

ドキュメンタリー映画の良し悪しを決める条件

ドキュメンタリー映画は、基本的に、事実を撮影して、それを編集すれば完成させられるものです。一般のフィクション映画は、誰かが、ストーリーの骨格を創作しており、そこが最も評価されるべきところです。しかし、ただ事実を積み上げるドキュメンタリー映画には、ストーリーの創作がありません。

このため、ドキュメンタリー映画の良し悪しを決める条件となるのは、ストーリーではありません。ドキュメンタリー映画の価値を決めるのは、そこに登場する人物の「心の深い部分」を、どこまで引き出せているかです。

この映画作品の監督は、亡くなった砂田知昭氏の娘である、砂田麻美氏です。家族が撮影することで、他者にはなかなか撮影できないところまで踏み込めています。明らかに、娘だからこそ撮影を許したと思われるシーンも多く、それがこの作品のリアリティーを極限まで高めています。以下、この映画の予告編になります。
 

映画のほうでは、全編にわたって、監督である娘の麻美氏によるナレーションが入ります。麻美氏が、父に成り代わって、父の言葉という位置付けで語りかけてくるのです。最近のナレーションにありがちな大げさな抑揚ではなく、淡々としたナレーションが効果的です。

自らの自由を、家族のために制限するという愛のかたち

知昭氏が「自分の人生を、きちんとデッサンしておかないと、残された家族が困るだけ」と語るとおり、一人の人間が死んでいくというそのプロセスには、他人には決められない多くのことが入ってきます。

葬儀はどうするのか、葬儀には誰を呼ぶのか、会社が訃報を出すための文面、生きているうちにしておきたいこと、財産分与の方法、治療の基本的な方針、そして最後を迎える場所・・・その決定を家族に任せると、任せられた家族が困ってしまうようなことを、知昭氏は、丁寧に決めて「エンディングノート」に書き残していきます。

その上で「これらは自分の希望にすぎず、家族の判断で変更してもらって構わない」という形で、絶対にそれに従わないといけないといった窮屈さを排除しているのです。「段取り」は、その通りに進まないものです。

しかし「段取り」があればこそ、そこから外れるものに集中することができるのでしょう。知昭氏にとって、自分の死にゆくプロセスが、こうして公開されることは、最大の「段取り違い」だったはずです。

「エンディングノート」は、上手に書く必要のないものです。どのみち「段取り」通りにはいきませんから。ただ、その作成に向かうというその姿勢が、自分自身だけでなく、家族や介護を支える介護職にとって、とても重要なのです。

Just because something doesn’t do what you planned it to do doesn’t mean it’s useless.
(何かが計画通りに進まないということは、無駄なことをしたということではない)

トーマス・エジソン

『エンディングノート』の映画賞受賞歴

・第8回ドバイ国際映画祭 ムハ・アジアアフリカ・ドキュメンタリー部門第2位
・第62回芸術選奨文部科学大臣新人賞
・第52回日本映画監督協会新人賞
・第36回報知映画賞 新人賞
・第36回カトリック映画賞
・第35回山路ふみ子映画賞 文化賞
・第33回ヨコハマ映画祭 新人監督賞/2011年日本映画ベストテン第9位
・第26回高崎映画祭 若手監督グランプリ
・2011年度全国映連賞 特別賞
 

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