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【書評21】『介護民俗学へようこそ「すまいるほーむ」の物語』六車由美著, 新潮社

介護民俗学へようこそ「すまいるほーむ」の物語
Amazon: 介護民俗学へようこそ

小規模デイサービス「すまいるホーム」。通所者の要介護度、年齢、認知症の有無も様々です。「聞き書き」を通してそこに集う人々やスタッフの関係が温かく豊かになっていく様子がつづられています。

本書の中で語られるお年寄りの人生は、生き生きとしていて魅力的です。決してドラマチックではなく、ごく普通の人々が歩んできた道と時代背景が語られているにすぎないのですが、読み手をひき付ける魅力があります。これは「わくわくしながら聞き書きの沃野に分け入っていく」(p7)という、著者の姿勢によるものでしょう。

介護職に転じる前の著者は、民俗学者として大学で教鞭を取り、学生と一緒に様々な土地の「古老」の話を聞くというフィールドワークをしてきました。著者は、その民俗学の手法である「聞き書き」を介護の場で実践し、語り手であるお年寄りと、聞き手である職員(著者)との関係が変わっていくことを実感します。

真剣に耳を傾けるという面では、心理療法の「傾聴」や「回想法」と重なるところもあります。民俗学における「聞き書き」の特徴は、聞き手は語り手に「教えを請う立場」であることと、相手の話を「わくわくしながら聞く」ということだと言います。

日頃は一方的にサポートされる側であるお年寄りが「語り手」になることで教える立場に立つという「関係の逆転」が、介護の場をより開かれた豊かなものにするというのが著者の考えです。

著者は、介護現場での「聞き書き」が最大限の力を発揮するのは、聞くという行為が「作品にする」「表現する」ことを前提に行われるときであると言っています(p291)。要介護者としても、自分の話が「なんらかの形になる」ということで、語りのモチベーションが得られるのでしょう。

また「表現」について「聞き書きを表現するという行為は、そのプロセスで利用者(語り手)に何度も確認する作業を繰り返すという点で、利用者とともに作る共同作業である」(p289の要旨)としています。

この共同作業は、語り手の人生の記録、思い出の料理の再現、スタッフ手作りの「人生双六」、踊りが得意だったお年寄りの振り付けと指導で踊りの発表会と、さまざまなかたちで実っていきます。

介護の場でタブー視されがちな「死」は、すまいるホーム恒例の七夕の行事に、新たな方法を加えて取り入れられます。利用者は、穏やかに死者を悼み、自らの死を想う場を得ます。

本書では、こうして介護の場で聞き書きが「表現」され、お年寄りたちが「共同作業」に積極的に関わっていくようすが生き生きと描かれています。

言うまでもく、何もかもが著者の理想通りに実現されていくわけではありません。だからこそ本書の中で繰り広げられる笑いや涙、怒り、疑問がリアルに伝わって共感できます。

新聞やテレビのインタビューでは「聞き書きは利用者にとってどんな効果があるのか」「認知症の進行を遅らせることができるのか」と尋ねられることが多いそうです。この問いに対する著者の答えは、示唆に富んだものです。

「そもそも聞き書きは利用者さんの変化や症状に対する効果を目的としていません。効果があるとしたら、利用者さんではなくて、聞き手となるスタッフの意識やケアが変わることです」(p175)

これは、なんでもかんでも「効果」ばかりを期待しがちな介護者の姿勢に対するアンチテーゼにもなっているでしょう。自分自身を振り返っても、もう少し精神的な余裕を持って、要介護者と向き合う必要があるように感じました。

本書は、介護とは何か、そもそも老いるとはどういうことか、老いがマイナス要因として捉えられている今の社会についてなど、さまざまな問いと答え(を探る道)を示しています。最後に、介護を必要としている家族のヒントになる言葉を、本書からいくつかひろってみます。

◯思い出を周囲の人と共有することが、互いに思いやることにつながり、自らの人生を再評価し、静かに受け入れることにつながる(p20)

◯年を重ねる、ということは身近な存在の死を経験し続けること。自分独りが取り残されていくという孤独を抱えて、それでも自らが死を迎えるまで生き続けるのが老いることの孤独と覚悟である。(p96)

◯食事介助とは(食べる動作を補助するだけでなく)食べる喜びを分かち合える場所を作ること、「共に食べる」介助だと言えるのではないか(p208)

◯「私たち抜きに私たちのことを決めないで」ー認知症当事者の言葉 /(若年性でも老人性でも)認知症の人に関することは「善意」のもとに当事者不在のまま物事が決められてしまいがちである。前述の言葉は自己決定権を主張するものではなく「私たちを中心にすえて、共にみんなで考えていってほしい」という意味であろう。(p217~270の要旨)
 

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