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【書評20】『家庭のような病院を』佐藤伸彦著, 文芸春秋

家庭のような病院を―人生の最終章をあったかい空間で
Amazon: 家庭のような病院を

本書は、高齢者医療に携わってきた医師が、老人病院の実態に疑問を感じ、スタッフとともに高齢者医療の新しいあり方を探っていく道程を書いたものです。

高齢の家族が認知症末期や寝たきり状態になったときに、選択肢が療養型病院と在宅介護しかないのはつらいことです。

療養型病院は、疑問のある延命治療が選択されたり、人手不足によって拘束もやむを得ないケースもあって、家族としては、あまり良いイメージがありません。かといって、在宅介護を貫くのは家族の負担が大きく、愛情だけで乗り切れるものでもありません。

がん末期の人のためのホスピスは増えてきていますし、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)をたもつ手だても考えられてきています。しかし、がんではない高齢の人たちが「最期をその人らしく過ごせる場所」は、なかなか見つからないのが現状です。

著者による「がんであるなしに拘らず、また、意識のあるなしや、家族のいるいないに拘らず、高齢者の最期を出来るだけその人らしく診てあげたい」(p3)という想いは、勤務先である市立砺波総合病院の院長に「将来の夢」をたずねられたときの答えだそうです。

これに対して、院長は「これからの高齢社会に絶対に必要な視点だが、現在の保険制度や医療スタッフの意識を考えるとすぐに実現するのは困難だろう。口で言うだけでなく文章にもして、できるだけ多くの人の理解を得るべきだ」という趣旨の励ましとアドバイスをします。

著者は、この夜から考えを文章にしはじめます。そして、自分の求めているものを「ナラティブホーム構想」として固めていきます。

どのような人にも、たとえ口のきけない患者にもそれまで生きてきた「物語」があります。「ナラティブホーム構想」は、こうした「物語」を医療スタッフと患者の家族がともにつむぎ直し、共有することで、人を人として看取ることができるという考えです。

著者は「(マスコミなどで)感動的な闘病と死の物語が多くの人の共感を呼ぶが、それは第三者(他人)の話である。普通の人が、普通に歳をとり、病気になり、死んでいく、そんな大多数の死が覆い隠されてしまってはいけない」(p30)と言います。

この構想を実現するため、隔週で、夜の勉強会(看護師、介護士、社会福祉士、医療事務、患者の家族が参加)が、3年間、ほとんど休まず続けられました。この勉強会には、どうやら、批判も寄せられたようです。

著者は、医療現場の過酷な仕事や、疑問を感じても妥協せざるを得ない状況を、正確に捉えています。安易に善悪を判断するのではなく、スタッフとともに「なぜ?」を考え、「どうすればいいか」を追求します。

あらゆる業種の人に接触し、議論を重ねる姿は、難しい課題解決に取り組む方法としても、非常に参考になります。介護衣料を作る人、経管栄養剤の製造に関わる人、建築家、民俗学者、驚かれながら葬儀社にも協力を求めます。課題をとらえて解決していく方法は具体的で、病衣や経管栄養剤の問題などは、業者とともに改善し、製品化されています。

外出許可を得て、密かに他の病院を受診させる家族や、要望が多くスタッフにはうるさいと思われている家族に対しても、なぜそうしたのか、医療者は何をすべきかを自分に問うことを忘れません。

住宅ローンがあるから、親が(植物状態だとしても)年金のために生きていてもらわないと困るという身勝手とも思える家族に、いったんは反発を覚えながらも「本人は、こんな私でも役に立っているんですよ、と言っているかもしれない」と思い直したりもします。

以下、本書から、力が感じられる言葉を、いくつか要約しつつ紹介します。要約ですので、気になる場合はページを参考に、本書を読んでみてください。

◯やさしさは本能ではない。「人にはやさしくしなさい」という一般的な言い方は意味がない。やさしくなるための「仕掛け」が必要である。(p69)

◯経管栄養、呼吸器、尊厳死などについて肯定するか否定するか、AかBかの二者択一ではない。理解しやすいように両極におかれているだけで、その両極はつながっている。そのどこに支点(視点)をおくかのバランス感覚を身につけねばならない。(p148)

◯人の世話をする(介護)というのは、個人の問題でもあり、同時に社会の問題でもある。そのバランスをうまくとっていくことを考えなければならない。家族などの血縁者との関係性から隔絶した高齢者であることも、社会との関係から取り残され孤立した高齢者であることも、どちらも、悲惨な状況である。(p55〜56)

◯超高齢化社会を迎えようとする日本には、「治す」医療だけではなく、治すことを目的としない、その人が人生の最期を生きぬくことを援助する技術(医療)も必要である。(p188)

◯人工呼吸器などをつけることに対して、いたずらな延命治療といわれることがあるが、それは「治す」ことを目指した医療という視点での議論である。駆けつける家族を待つため、あるいは、苦痛を取り除くための「延命治療」があってもよいのではないか。(p193)

本書が出版された時点(平成19年)では「構想」にすぎなかった「ものがたり診療所」は、平成22年にオープンしています。そして、この著者は、この診療所の所長に就任しました。さらに、平成24年には「医療法人ナラティブホーム」も立ち上がっています。

本書は、医療関係者が実現した理想として読むのではなく、1人の人間が、仲間とともに課題を解決していくプロセスとして読むべきものです。

私たちにも、介護をしているからこそ見えてくる課題があるはずです。介護の最中にあって、とても余裕はないかもしれません。しかし、誰かが、そうした課題を放置せず、周囲をまきこんで議論していくことがなければ、課題は課題のままです。せめて、課題に感じることを自分の中にとどめずに、誰かに話してみることは実行していきたいものです。
 

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