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【書評18】『アリスのままで』リサ・ジェノヴァ著, キノブックス

アリスのままで
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若年性(65歳以下)アルツハイマーを発症した女性を主人公にした小説です。2014年にアメリカで映画化され、今年6月に日本でも公開されました。主演のジュリアン・ムーアが2015年度アカデミー主演女優賞を受賞しています。

これまで、認知症については、ほとんど介護者の視点から書かれていますが、これは認知症患者本人の側から描かれています。発症から徐々に症状が進行し、やがて家族すら識別できなくなっていくまでの過程を2年間、月ごとに追っていきます。

フィクションですが、患者自身の葛藤や戸惑い、患者の目に映る不可解な周囲の人の反応がていねいに描写されていて、認知症の人の内面を想像する手がかりをあたえてくれます。

本書の作者は、大学で生物心理学を学び、ハーバード大学大学院で神経科学博士号を取得しています。神経科学研究のために多くの人に会い、それをもとにこの本を書いたということです。

実は、本書は2007年に自費出版されたものです。その後、口コミで広まり、2009年に大手出版社から出版されるやいなベストセラーとなり、現在31の言語に翻訳されているということです。発行部数も、全世界で1,800万部を超えたというから、驚きです。

最近、認知症患者本人が公の場で発言する機会も増えてきていますが、社会的な理解が進んでいるとはとても言えません。このような本が、認知症とはまだ関係がない一般の人まで含めて、広く読まれることには大きな意味があるでしょう。

主人公アリス(50歳)は、ハーバード大学教授、心理学と言語が専門。夫ジョンも同大学教授。娘2人、息子1人。夫婦と子ども3人の、アメリカでは平均的な家族構成です。アリスが記憶をとどめようと、さまざまな方法を考え、患者本人が話し合うグループを立ち上げることなどは、実際に作者の出会った人たちが切り開いてきた道でしょう。

終盤近く、アリスは認知症介護会議(認知症の患者の介護に関わっている医療の専門家たちの会議)で認知症患者としてスピーチします(p310〜315)。

本書には、アルツハイマー発症のメカニズムや現在の治療、遺伝子検査、胎児着床前遺伝子検査についてなど医学的な情報もくわしく書かれています。専門的なことは、本書に任せるとして、ここでは、アリスのスピーチから患者本人の気持ちを理解するポイントをいくつかピックアップしてみます。専門的なことも含めて、興味があれば、ぜひ本を手に取ってみてください。

アルツハイマー病患者の意識

アルツハイマー病患者は、全く役に立たないわけではない。話ができ、意見をもち、途切れることもあるが全く意識が不明瞭なわけではない。ただ、発症前の仕事や責任をはたす能力はない。自分がとるに足らない存在だと感じて、孤独でもどかしい世界に生きている。

空間的な判断が難しくなる

空間的な距離の判断ができず、物を落としたり転倒したり自宅近くで道に迷ったりする(p251~258では、アリスが玄関マットを「床に開いた穴」だと思ってパニックに陥る様子も描写されています)。

明日が怖いが、自分を信じている

いつも明日を恐れている。朝、目覚めて家族や自分自身がわからなくなっていたら、いつこの自分ではなくなるのかと。しかし、病気の攻撃にもかかわらず、私の心や精神は影響を受けていないと信じる。

私はアルツハイマー以上の存在である

アルツハイマーという烙印を押して、それで私を判断しないでほしい。私の話すことや行動や記憶が(混乱していても)、それが私ではない。私は根本的にそれ以上の存在だ。

医師の診断に期待している

医師には、できるだけ早く診断してほしい。40代、50代の人が抱えている記憶障害や認知の問題を鬱やストレスや更年期のせいと決めてかからないでほしい。早い診断が早い薬の服用につながり、患者は病気の進行を抑えて、より優れた新薬、新治療の開発を待つことができる。

本書の中で、夫ジョンはアリス本人より現実を受け入れられず苦しみます。しだいに壊れていく(としか見えない)妻にいらだちを押さえきれません。アリスは、夫がいらだつ理由は理解できなくなっても、夫の感情を鋭く感受して傷つきます。子どもたちは、迷い、苦しみながらも母に心を寄りそわせていきます。

愛情はあっても、意志の通じなくなった妻と、ずっと一緒に生活しなければならない夫の苦しみや、母親を愛する子どもたちの気持ちは、現実に認知症を患っている人の家族には痛いほどわかると思います。

アルツハイマーに限らず、認知症の人が喜怒哀楽の感情を鋭敏に感受するということは、よく知られています。本書は、最後の場面で「どんな人にとっても、生きていくうえで絶対に欠かせない大切なこと」を教えてくれます。その具体的な内容は・・・本書を読んでのお楽しみとしましょう。
 

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