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【書評2】『父の生きる』伊藤比呂美著, 光文社

父の生きる

子育てエッセイ『良いおっぱい悪いおっぱい』で知られる詩人・伊藤比呂美が3年半におよぶ「遠距離介護」の日々をつづったものです。家族とともにカリフォルニアに住む著者が、母の死後、82歳で1人暮らすことになった父親を見送るまでの記録になっています。

外国人の夫は「親の介護」には無理解・・・。そのうえさらに、自身の仕事と子育てもあるという状況でした。そんな中で、著者は、介護のために、カリフォルニアと熊本を行ったり来たりします。遠距離介護も、国境を越えると、さらに難易度が上がるのは当然です。

要介護認定の手続きをし、ケアマネ、ヘルパー、医師、理学療法士と連携しながらも、かなり綱渡りの介護です。カリフォルニアにいるときは毎日、ときには1日に何度も電話して、父親の気分の浮き沈みに一喜一憂します。

著者自身の状況、父親の変化とそれに対応するための工夫、著者の意を汲んで迅速に動いてくれるヘルパーたちの様子など具体的に記されていて、遠距離介護を実践している人には特に参考になる記述が豊富です。

著者が長年、尊敬と愛情を抱いていたはずの父が、著者の中で崩れていく様子は、読んでいて悲しくもなります。しかし、その過程によりそい切った後に、著者の心に愛する父がよみがえり、反発していた母を受容することがかなうのです。

KAIGO LAB取材:S.Aさん(60代、主婦)

私は、父の死後、母を引き取って看取りました。両親はこの本の夫婦同様、決して円満な夫婦ではなく(この世代には珍しくないと思いますが)それぞれに相手の悪口を聞かされてうんざりしたという、著者の気持ちがよく分かります。

この本を読んでいて自分の介護の日々をありありと思い出して辛い気持ちになりました。

でも、自分の時間を巻き戻して体験することで、両親は、老いること・死ぬことを受け入れられなくて、もがいていたのかも知れないと思いました。当時は、ただただ分からず屋、頑固者、わがままとしかとらえられず、両親の気持ちの一番深い所まで見る余裕もありませんでした。

両親のことをもう一度考え、私自身のこれからの気持ちのありようと具体的な身の処し方を考えようと思いました。

KAIGO LAB取材:N.Rさん(40代、パート)

父親が郷里で一人暮らしをしています。胃がんに続いて大腸がんの手術をしてから、足も不自由になりました。家に引き取るつもりでいましたが、生まれ育った家を離れたくないという本人の意志を尊重することにしました。

退院後の生活について、病院のソーシャルワーカーが、ケアマネの紹介やケアプランなど親身に相談に乗ってくれました。

今は、週に1度はお掃除、1度は料理にヘルパーさんが来てくれ、4日間はデイサービスに通ってお風呂にもいれてもらってなんとか独りでやっています。ケアマネさん、ヘルパーさんたちには本当に感謝しています。

著者も、信頼できるケアマネやヘルパーの人に恵まれたからこそできた遠距離介護だと思いますが、毎日の電話やアメリカと日本の往復、書く仕事に加えて世界各国にも行かなければならないなど、相当な覚悟がないと出来ないことだと思いました。

私は、電車を乗り継いで片道3時間半、月に1回か2回父親の様子を見に行くだけで精一杯です。パートとはいえ仕事もあり、子どもはまだ小学生なので、思うようには行けません。

私も出来るだけ電話して、父の話し相手になるようにしていますが、疲れて気の重いとき、無理してかけたときに限って父の機嫌が悪かったり愚痴ばかりだったりします。結局はこちらに来るのは嫌だが1人も嫌だということなのかな、私だって精一杯やってるのに…と怒りたくなります。お父さんとの会話で落ち込む著者の気持ちが痛いほど分かります。
 

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