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【書評55】『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』藤田孝典著, 朝日新書

下流老人 一億総老後崩壊の衝撃
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世界中に貧しさに苦しむ人たちがいます。そういう人たちのために支援活動する人々もいます。しかし、今、それなりの生活ができている人にとっては、これらはニュースや新聞記事で「知っている」ことでしかなく、貧しさを自分のこととして捉える人は多くはないでしょう。

一見豊かに見える日本にも、貧困にあえぐ人たちが多数います。2010年、日本の子どもの貧困率は世界9位でした。その後貧困率は減少しましたが、子どもの数そのものが減ったことが数値に反映したとも考えられています。子どもの貧困は、当然、親の経済状態です。

団塊の世代を中心としたリタイヤ組は、観光ビジネスのよき顧客になっています。豪華客船クルーズ、一流ホテル並みの個室列車などのニュースでは、高齢者カップルが目立ちます。その陰に大多数の「なんとかギリギリ暮らしている高齢者」「病院に払うお金もない高齢者」の存在があることは見逃されがちです。

本書の著者は、長年、生活困窮者の相談支援に関わってきた人です。そうして相談に訪れる生活困窮者の半数は高齢者だと言います。本書は、高齢者の窮状を切迫した「日本の問題」として捉え、貧困問題の解決は世代を問わず喫緊の問題であると訴えます。なお、タイトルの「下流老人」は著者の造語です。

なぜこの言葉を作ったのかといえば、現在の高齢者だけでなく、近く老後を迎える人々の生活にも貧困の足音が忍び寄っており、「一億総老後崩壊」ともいえる状況を生み出す危険性が今の日本にあるためだ。ー中略ーこの下流老人という言葉を用いることで、高齢者の逼迫した生活とその裏側に潜む問題をあらわにしていくことが目的である。(p3, 4)

として、見下す意図は全くないと断っています。一億総中流という言葉は過去のものになっています。平成初期の「バブル経済崩壊」以前の国民意識です。昭和40年代以降、旧総理府の「国民生活に関する世論調査」では、自分の生活水準は「中」であるとする人が多数を占めました。

この「一億総中流時代」は90年代終盤になってバブル景気がはじけて終わります。その後日本経済が悪化の一途をたどってきているのは周知の事実です。自分の生活水準は「中流」と感じ、それなりにゆとりのある暮らしを経験したのは団塊の世代とその子供たちが中心です。

しかし、そんな団塊の世代が高齢者となり、少なからぬ人が日々の暮らしもままならない状態に陥っています。高齢の相談者たちは口を揃えて、自分が貧窮生活に陥るなど予想だにしなかったと言うそうです。著者自身も、現場の実情を知るまで、高齢期というものは、これまでの数々の努力が報われる時期だと考えていたそうです。

しかし、多くの相談者と接してきて「本人がどれだけ努力しても、下流に陥る理由があると実感している」「下流老人は社会が生み出すものであり、あらかじめ生まれることが決まっているものなのだ。それにもかかわらず、多くの人々は「自分は大丈夫だろう」という根拠のない自信をなぜか抱く」(p47)と感じたそうです。

こうした危機意識から、本書では、著者が相談に乗った人たちの中から具体的な例を随所に紹介し、下流老人を作る社会の仕組みを解き明かします。社会制度の問題は第5章で述べられていますが、介護職に関わる方にぜひ読んでいただきたいのが「介護保険の不備ー下流老人を救えない福祉制度、ケアマネージャー」(p156)です。ここでは、厳しい論調で現在のケアプランの不十分さを追求しています。

さらに「日本のケアマネージャーは介護保険についてはある程度熟知しているが、こと生活保護などの他の社会保障制度については、極めて弱い。高齢者の介護と貧困問題が切り離せなくなってくる今後、介護保険の制度改革とともに、ケアマネージャーの質を上げる取り組みが求められる。」と提言します。

「では自分はどうすればいいのか」ということについては、第6章自分でできる自己防衛策(p177~197)の中で詳しく述べられています。生活保護の手続きと受給条件、保護費の内容、受給条件、医療、お金に関してなどが具体的に書かれています。この中で、ほとんどの人が知らないと思われる情報が「無料低額診療事業」です。

「無料低額診療施設」は、社会福祉法第2条3項の九で担保されている国民の権利として利用できるものです。これは生計困難者のために、無料または低額な料金で診療を行う事業であり、お金がない人はもちろん、健康保険証がない人も無料または低額で受診できるようになっています。

「無料低額診療施設」を利用するには、各都道府県に設置されている無料低額診療施設を探し、その病院のソーシャルワーカーに相談する必要があります。「下流老人に限らず、外国籍の方やホームレスの方、生活困窮者など、さまざまな人々が利用できるので活用してもらいたい」(p186, 187)仕組みです。

医療費よりも生活費を優先せざるを得ない高齢者にとってこれは必須の情報です。「無料低額診療施設」は、自分では利用しない(と、いまは信じている)人も、とにかく、いつか誰かのために役立つ情報として知っておきたいことです。

そして、6章の中で、意識の問題として「何よりもまず、プライドを捨てよ」と呼びかけます。実際に、生活保護の受給はプライドが許さないという人はたくさんいるでしょう。著者の相談者たちも例外ではありません。さらに、貧困に陥るのは「努力が足りないから」「甘え」「自己責任」などと責め立てる風潮が困難に直面している人を追い詰めます。

しかし著者も指摘していますが、そうして攻撃する人は決して富裕層ではなく、ほとんどが「明日は我が身」の人たちだという現実があります。社会的に弱い立場の人同士がいがみ合っても何の解決にもなりません。

本書には、具体的で、役に立つ情報も満載ですが、本書が教えてくれることは老人の貧困問題だけではありません。すべての世代が、社会制度や自身の生活の現実を正確に捉えること、自分でできることの限界を見極めてためらわずに助けを求めること、社会に対して声を上げることが大切さなのだということに気づかせてくれます。

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