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【書評13】『介護入門』モブ・ノリオ著, 文藝春秋

介護入門
Amazon: 介護入門 (文春文庫)

ノウハウ本ではなく、2004年の芥川賞受賞作です。祖母を介護する母親と「俺」の日常が一人称で濃密に語られています。文学作品なので、個人によっては、ただ不快なだけの本にもなりえます。その点は注意してください。

ラップ調とも饒舌体とも評された文体で句読点の少ない文章です。随所に挟まれる「YO、朋輩(ニガー)」という言葉にも違和感をおぼえるかもしれませんが、リアルな介護体験記としても読める小説です。

ちなみに、芥川賞の選評で、山田詠美は、作品を評価した上で「朋輩にニガーとルビを振るのはやめなさい。田舎臭いから」と温かいジャブをいれています。

認知症の祖母は転倒をきっかけに寝たきり状態になります。母親が仕事に出ている日中はヘルパーが主に介護にあたり、夜は「俺」が介護ベッドの傍の狭いスペースに布団を敷いて祖母の面倒をみます。

かなりの頻度でマリファナを吸引しているらしい「俺」ですが、祖母と母親への情の濃さは生半可なものではありません。母を気遣い、まめまめしく祖母のオムツを替え食事の介助をし、祖母の笑顔に感動します。

途中に介護の心得が『葉隠』(注・江戸中期に出された武士の心得を説く本)調の擬古文で挿入されます。

たとえば、介護に理解も誠意もない叔母との挿話の後には「介護入門一、誠意ある介護の妨げとなる肉親には、期待するべからず(後略)」という感じです。個人的な好奇心丸出しで、人目が無いと手を抜くヘルパーとの挿話の後には「介護入門一、派遣介護士の質は人間の質である(中略)介護士の至らぬ何かが被介護者を不快にさせた時、その不快を拭い仰せるのは己以外にはないと肝に銘じ、腹を括れ」とかとか。

著者は、単行本出版のときには、編集者との攻防の末に差別用語を削除しました。これが、文庫本化の際に復活しています。ですから、文学作品としては、こちらで紹介している文庫版のほうが高いということになります。

著者は、なにもかも、滑らかに表面だけが整えられていく社会状況に異議を申し立てているようです。差別用語をなくすことで差別や被差別者の存在も尊厳も無かったことにしてしまうこと、制度をつくって問題が解決したかのように見せてしまう社会、肩書きだけで中身の無いプロ、表面的な優しさと本質をすりかえる個人に対していらだっています。そこで覆い隠されたり切り捨てられたりしていく存在に対する作者の共感があります。

この小説の中の「喜怒哀楽の豊かな感情があっても言葉で表せない祖母」を、「現在の社会で発言権のない弱者」として読むこともできるでしょう。また「俺」は介護することで救われているようです。保護されているはずの人が、保護者に与える目に見えないものの大きさを考えさせられます。

介護の真っ最中、そんな悠長なことは言ってられない、という人にも、この本が少しでも「今とは違う視点」から見るヒントになることを願います。

KAIGO LAB取材:O.Aさん(30代、OL)

KAIGO LABさんから借りて読みました。正直のところ、入り込むまでにちょっと時間がかかりました。キャラの濃い人の話を聞く感じ…でしょうか。

母が自宅で祖母を介護しています。私は仕事にかまけてほとんど手伝っていませんが、母の大変さはよくわかっているつもりです。

この本の中で、ヘルパーさんが、おばあちゃんが何も言えないのをいいことにワイドショーを見ているのに出くわして主人公が激怒するシーンがあって、母の話を思い出しました。

外出した母が、予定より早く帰宅したら、ヘルパーさんがテレビを見ながらお茶を飲んでいるところにぶつかってしまい、母のほうが間の悪い思いをしたそうです。「悪い人じゃないんだけど…」と言っていましたが、「けど」の後が問題ですよね。一番関わっている母が「たまたま一息入れていたのだろう」と解釈したのに私があれこれ言うこともないかなと思ってそのままになりましたが、ちょっと気になっています。

ある程度信頼関係が出来上がってくると、かえって言いにくいことが出てきてしまうようです。かといって、ずっと疑心暗鬼で見張っているというのもどうかと思いますし。

口先ばかりで、オムツひとつ替えない叔母さんとか、おばあちゃんにいらついてしまう自分が嫌になるとか、作者の実体験なのかなと思うほど挿話がリアルです。小説である以上、作者と主人公は別に考えるべきなのでしょうが…。
 

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