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【書評50】『文学効能事典 あなたの悩みに効く小説』エラ・バーサド著, スーザン・エルダキン著, フィルムアート社

文学効能事典 あなたの悩みに効く小説
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さまざまな悩みを持つ人に、小説を処方するという本です。二人の著者は、ビブリオ・セラピスト(読書療法士)です。読書療法は、日本ではあまり馴染みのない言葉ですが、1930年代にアメリカで始められていて、それなりに歴史のあるものです。

軽いノイローゼやアルコール依存症などの精神的な問題に対して、読書を活用するというもので、今では、欧米で広く取り入れられています。医師が薬を処方するとともに図書館に連絡して読書療法につなぐという例もあるようです。この療法には、読書療法士以外にも、教育者、カウンセラーなどが関わっています。

読書で悩みを解決?と疑問に思われるかもしれません。しかし、書籍の広告でよく見られる「泣ける」「癒される」という言葉は、言い換えれば「精神的に救われる」という意味にも解釈できるでしょう。

これは、本に限らず、音楽、芸術全般にも当てはまります。アスリートが試合前に特定の音楽を聴いている姿は、よくテレビに映し出されます。誰にでも、これを聴くと、あれを観ると、それを読むと、モチベーションが上がる、元気が出る、そんなコンテンツがあるのではないでしょうか。

本書は辞典の形をとっていて、悩みの項目から処方される小説を選ぶことができます。日本人向けに、悩みの項目はあいうえお順にしてあります。原書では347冊取り上げられている小説の中から、邦訳されている202冊を選んであるというのも、本のつくりとして親切です。

著者は、読書療法の特徴として「体の痛みも心の痛みも区別することなく取り上げているのが、医学解説書や健康本とは違う」(p15要旨)と述べています。ただ、読書療法はセラピストとの対話も含まれての療法ですから、本書が完全な「悩みに効く薬」にはなり得ない点には注意が必要でしょう。訳者も、あとがきで次のように言っています。

悩みの項目が「孤独なとき」「絶望したとき」などは分かるとしても、「インフルエンザにかかったとき」「下痢のとき」となると、どこまで本気でどこまで冗談なのかわからない」(p399)

ちなみに、インフルエンザのときにはアガサ・クリスティーの『アクロイド殺人事件』をすすめ「発熱や頭痛、鼻水でつらいときでも誰が犯人か知りたいという人間の生まれ持った好奇心のほうが、何もせずゴロゴロしていたい欲求よりも強い」(p41要旨)と言っています。

下痢のときにはトイレで読める、つまり短時間で読める短編や短い章からなる作品を何冊かあげて、トイレにそれらの本を置く棚を作るようにすすめます。ここのあたりの記述は、ジョークとして考えないと、本書全体の品質はもちろん、読書療法そのものの権威を落としてしまいそうです。

「やるべきことを先送りしてしまうとき」の処方としては、今年のノーベル文学賞受賞作家、カズオ・イシグロの『日の名残り』を挙げています。自分の理想とする執事の職務に全てを捧げて、決断すべきことを先送りした主人公の失ったものは…という解説です。

これに同感するかどうかは読者次第ですが、面白く、ツッコミどころ満載の本であることは確かです。本好きの人であれば「自分ならそれはすすめない」「この小説の解釈は違うだろう」など著者と脳内激論を戦わせることも可能です。

巻末の著者プロフィールによると、2人の著者は2008年から、ロンドンを拠点とする The school of Life というカルチャーセンターで読書療法(ビブリオ・セラピー)のサービスを開始し、世界中のクライアントに書籍を処方しているそうです

ただ、今までのところ、読書療法士は正式な資格ではなく、極端に言えば誰でもビブリオ・セラピストを名乗って活動することができます。一定の研修期間を設けて、正式な資格にしようという動きもあるようです。ただ、研修の内容や誰がどのような基準で審査するのかを考えると実現は難しそうです。

私にとって、ある作家の作品を読むことは、たんにその作家が書いていることを理解することではなく、一緒に旅に出るようなものだ

アンドレ・ジッド

人はみずからの病を書物のなかに注ぎ込む ーみずからの感情を再現して、病に打ち勝つのだ。

D・H・ロレンス

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