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【書評47】『夜が来ると』フィオナ・マクファーレン著, 早川書房

夜が来ると
Amazon: 夜が来ると

読み応えのあるサスペンス小説であると同時に、老いた女性の内面をリアルに描き出した心理小説でもあります。一人暮らしの女性が主人公です。視点は主人公に据えられ、読者は、主人公とともに、じわじわと迫るつかみ所のない恐怖を感じます。

75歳のルースは、オーストラリアの海辺の家に一人で暮らしています。夫がリタイア後に選んだ住処です。かつては夫と幼い息子たちとともにバカンスを過ごした別荘です。夫は5年前に亡くなり、手入れする人を失った庭は荒れ果てています。

老いとともに、現実の世界の輪郭が曖昧になっていきます。ふと甦る幼い頃の思い出や若い日の甘く苦い恋は、鮮やかです。ある晩、ルースは家の中を忍び歩くトラの気配に気づきます。トラが肉を貪り食う音、息づかいと唸り声が生々しく迫ります。

ニュージーランドに住む息子はもう寝ているだろう。そう思っても電話をかけて訴えずにはいられません。電話は簡単に息子に繋がるように設定されています。息子が老いた母親の一人暮らしを気遣っていることが、さりげなく示されています。

息子には、自分の思い違いだったと言いながら、トラがいるという確信は胸の内に棲みつきます。その日に、市が派遣したというヘルパーの女が突然やってきます。とまどうルースを尻目に、テキパキと有能ぶりを発揮するヘルパーは、徐々に2人の生活の主導権を握っていきます。

第三者から見れば、ルースは軽い認知症が始まったという状態でしょう。しかし、本人は、現実の世界からズレてしまうことを充分自覚して、とまどい、プライドが傷つくのです。

物語の終盤近く、ルースはヘルパーが気づかないうちに一人で町に出ます昔なじみの肉屋に入りますが、何をしに入ったのか分からなくなってしまいます。ルースは愛想のいい主人の対応、待っている客たちの反応が、徐々にいら立ちに変わっていくのをひしひしと感じます。自分の不甲斐なさにも傷ついています。老人の内面がリアルに描き出される場面の1つです。

そして、町じゅうを騒がす事件が起こります。「だれもが高齢の両親に電話をかけたり、介護施設にいる親のもとを訪ねたりした。」(p308)というくだりに、国は違っても、老親と子どもたちの関係はさして変わらないと感じさせられます。

親をないがしろにしているわけではなくとも、何か起こらない限り、自身の生活を最優先する。当たり前のことですし、ほとんどの親は、本書の主人公と同じく、子どもをわずらわせたくないと思っています。

ルースを脅かしたトラは、物語の表面上では種明かしがある展開です。はっきりとそうだというのではなく、読者に推測させることで、物語の奥行きを深めています。

しかし、トラはもっと深いものの象徴だと思われます。生きている限り、すべての人が抱く恐怖、老いとともに姿を現し、迫ってくる恐怖を象徴しているのではないでしょうか。
最期にルースは、おとなしいトラをひきよせて、その温かい身体に頭をもたせかけるのです。

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