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【書評45】『シズコさん』佐野洋子著, 新潮文庫

シズコさん
Amazon: シズコさん

絵本作家、エッセイストであった佐野洋子の、母親「シズコさん」を中心に据えて描かれた母と娘の話です。母親との関係を縦糸に、一族の生き方を横糸にして、一つの家族の物語が描かれています。単純な個人史に収まらず、昭和という時代の明暗が生き生きとよみがえってきて、読み物としてもとても魅力的です。

4歳のときに、つなごうとして差し出した手を舌打ちとともに振り払われた・・・。佐野洋子の他のエッセーにも繰り返し出てくるエピソードです。筆者はこれを、母と娘の確執の出発点としているのでしょう。

実は、精神科医の香山リカが『親子という病』(講談社現代新書)で本書をとりあげています。香山リカは、本書を「支配的な母親との葛藤に生涯の大半を費やした娘の側の手記」ととらえているようです。

母親を高級老人ホームに入れ、高額の費用も負担しながら「私は母を金で捨てたとはっきり認識した。愛の代わりを金で払ったのだ」と考えて罪の意識を強くする。そう、佐野氏の生涯を支配しているのは、虐待さながらのことをし続けた母親への恨みではなく、そんな母を「愛することができない」という罪悪感や自己嫌悪なのだ。(『親子という病』, p83)

佐野洋子を苦しめたのは「母への恨み」ではなく「母を愛せないこと」だったのかもしれません。しかし、香山リカが述べるように、その苦しみが「生涯を支配した」とまで言えるかどうかには疑問もあります。

著者は、母親を愛せないと繰り返し言いながら、海外旅行に連れて行ったり、弟の嫁にいびり出された母親を自宅に引き取って同居したり、高級老人ホームに入れたりします。ここで必ず「調子のいい妹」が登場します。書かれた妹が気の毒なほどリアルですが、この姉妹関係に自身の兄弟姉妹との関係を重ねる読者も多いのではないでしょうか。

佐野洋子は、素手で核心をつかみ出すように文章を書きます。兄や幼い弟の死を書き、父の死を書き、彼女の言葉で「おしんのほうがまし」というほどの母親の虐待を書きます。悲惨なエピソードを書いても、文章に勢いがあり、じめじめしたところが感じられないのは、文才の成せる技でしょう。

佐野洋子は、エッセイ集『神も仏もありませぬ』(筑摩書房)で2004年小林秀雄賞、2008年巌谷小波文芸賞を受賞しています。必ずしも、文学賞受賞が文章のよさを担保するというものでもありませんが、この作家の場合は、なるほどと思わされます。

母親を施設にいれてから12年間、月に35万円を超える費用を負担しながら「私は金で母親を捨てた」という罪悪感を持ち続けます。しかし、母親の認知症の進行とともに、お互いを隔てていたものが徐々に溶けていく様子が描かれていきます。

特に「私も死ぬ。生まれてこない子供はいるが、死なない人はいない」(p238)で始まる最後の6行は、胸に迫ります。余談ですが、母親の死後、西原理恵子との対談(『佐野洋子対談集人生のきほん』, 講談社)で、佐野洋子は、母親について次のように語っています。

母さんは、日本中が困難な時代をよく生きたと思うね。母さん自身は、不本意な一生ではなかったと思うよ。(中略)早くに父さんが死んじゃったのは、すごくかわいそうだったけど、それからまたがんばって、よく生きたと思うよね。(『佐野洋子対談集人生のきほん』, p236)

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