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【映画評2】『アイリス』ジュディ・デンチ出演, リチャード・エア脚本監督(ネタバレ注意)

アイリス [DVD]

言葉こそ全てなのだろうか

人間にとって、言葉とは自分自身である。言葉にこそ魂が宿る「言霊」というのは方便ではなくて、世界中の宗教に共通する数少ない認知だ。では、言葉を失った人間に、愛は残るのか。魂が疑わしい状況になっても、愛はそこにありえるのか。それを問うことは、魂よりも上位の存在、すなわち神の証明に近い試みであろう。

人間の感情は表現し尽くせないわ。表現しても、言葉で制約されるからよ。言葉不足でウソになってしまうの。

映画中;アイリスのセリフより

本作品は、イギリスにおいて「最も素晴らしい女性」と言われた作家アイリス・マードック(1919〜1999年)に起こった実話をベースとしている。アイリスは哲学書、戯曲や詩集のほか、26冊の小説を出版した。どれも、自由と幸せを共通のテーマとしていたという。

教育は幸せを与えません。自由も。いくら自由でも幸せにはなれません。教育も同じことです。あくまで教育は手段です。幸せになるための手段。私たちの目と耳を開いて喜びに導いてくれます。かげがえのない本当の自由。精神の自由こそ何よりも大切な宝です。これが確信や自信につながり、豊かな精神と前進する力をはぐくむのです。

“私の愛をあの人に告げよう。心の底から憧れていると。彼はきっと聞いてくれる。この気持ちを拒まないで。私の魂をあの人に捧げよう。この胸は喜びに満たされる。ヒバリの美しい歌が聞こえる。澄み切った青空に響きわたる。”

映画中;アイリスのスピーチより

 

人生とはかくも残酷である

アイリスは、人間の本質とも言える言葉を、普通よりもうまく使いこなす作家という職種にあった人だ。その彼女が、アルツハイマーに侵され、認知症を発症する。それが、徐々に悪化していく。夫のジョンは、その介護に務める。

読み書きを通して言葉のスタイルを守ること、そして、言葉の流暢な響きや美しさを守ること、これは人間にとって大事なことです。思考に結びつくからです。

映画中;アイリスのセリフより

そのとおり、言葉を失い、思考を失っていくアイリス。彼女を支えるジョンの苦悩。厳格に言葉を操るアイリスが「dog(犬)」を「god(神)」と読み間違えるシーンは、本作品の決定的な転換点である。この残酷を人間に与える神に対する、精一杯の皮肉であろう。

ジョンは、楽しい記憶を少しでも取り戻そうとすることもあれば、苦悩をそのままアイリスにぶつけることもある。荒れていく室内の様子などと合わせて、認知症のリアリティーが描かれていく。そこに希望はない。それでも人は、自らの生を前に進めていかなければならない。

イギリスにおて、介護施設に入ることは、名門校であるイートン校に入るよりも難しいというシーンがある。アイリスは「幸運にも空いた介護施設のベッド」に滑り込むことができる。むしろ、そのチャンスを失うまいとする気持ちが、ジョンを決心させる。それを意図していないにせよ、優くも罪深いチャンスである。

人を愛するということ

人間は愛し合います。セックス、友情。愛すると、相手を慈しみます。人間や動物や植物を、石さえも。あくなき幸せの追求、そのカギは、イマジネーションの力です。人は生まれる前から知っています。本来の姿を。正義や節度、美。あらゆる輝かしい美徳です。その記憶をたどって理想に近ずくのです。シンプルで静かで清らかな美徳。透明な光の中で、かつて見た世界。ピュアな自分に。

神聖なものを信じる気持ちが大事です。別の言葉で言えば”愛”や”思いやり”です。詩編にあります。”どこへ逃げれば、御顔を避けられよう。主はいつもおられます。天に登ろうとも、黄泉に身を横たえようとも、曙の翼で海のかなたに行き着けば、右の御手をもって、とらえてくださる。”

映画中;アイリスのスピーチより

この映画の原作は、アイリスの夫であるジョン・ベイリーによる回想録(以下に示す)である。ジョンは、アイリスの死後も、変わらずにアイリスを愛している。

作家が過去を失うとき―アイリスとの別れ〈1〉 (アイリスとの別れ (1))愛がためされるとき―アイリスとの別れ〈2〉 (アイリスとの別れ (2))

『アイリス』の映画賞受賞歴

・2002年アルツハイマー病協会エンターテインメント賞
・2002年アカデミー賞
・2002年英国アカデミー賞(BAFTA)
・2002年ゴールデン・グローブ賞
・2002年バラエティ誌ショービジネス賞
・2002年アメリカ俳優協会賞
・2002年イブニング・スタンダード英国映画賞
・2002年ベルリン国際映画祭ニュータレント賞
・2001年ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞
・2001年LA批評家連盟賞
・2001年ロンドン批評家協会賞
 

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