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【書評9】『介護はつらいよ』大島一洋著, 小学館

介護はつらいよ
Amazon: 介護はつらいよ

定年退職後、単身故郷に帰って母を看取り、父を介護する日常を淡々と記録しています。介護未経験、料理もできない、普通の初老の男性の介護体験記です。両親や兄弟のことに加えて、自身の離婚と再婚の込み入った経緯についても包み隠さず書いています。

生活費や葬儀・法事の費用など金銭面について、要介護認定申請について、介護保険を利用したサービス内容、母親に対する病院の処置への疑問や後悔についてなど、どれも記述が具体的なので、同じような境遇の人ばかりではなく、これから介護という人にも参考になるのではないでしょうか。

著者は、60から70歳代の人には懐かしい雑誌「週刊平凡」「平凡パンチ」「ダカーポ」「鳩よ!」などの編集に携わっていました。定年退職後2年余過ぎた頃に、認知症の母を看ていた父親が倒れて入院します。故郷の父親93歳、母親88歳、同居の義母92歳、著者が63歳のときのことです。

著者は単身実家に戻って介護生活に入るわけですが、それまでの5年間、父親が認知症の母親を介護していたという事実には驚かせられます。しかし、著者の例が特殊というわけではなく、「両親だけで何とかやっている」状態であれば介護しているほうの親が倒れるまで様子を見ているという待機状態の人は少なくないでしょう。

著者もマガジンハウス退職後は、再就職せずフリーランスの編集者、ライターをして備えていました。生活の拠点を実家に移すために仕事に必要なパソコンや携帯電話等の機器をそろえて本格的な同居生活に入ります。両親は要介護認定の手続きもしておらず、実家に帰った著者は申請手続きをします。

その後の母親の死、残された父親との生活、著者自身の体調不良や事故を時系列で書いています。時には父親とぶつかり、憂さ晴らしに外に飲みに出る回数も酒量も増えて、反省する姿に共感する人も多いことでしょう。

故郷での旧友との交流も大きな心の支えになっています。人との交流は、どうしても孤立しがちな介護者に欠かせないポイントです。手一杯の状態に追い込まれた著者は自分が原因で別れた前妻に病院の付き添いを頼んだりしています。それが受け入れられるのは、著者の人徳でしょうか。

著者の例までいかなくても、「困った時に人を頼る」ことは大切です。何もかも自分でやろうと問題を抱え込んでしまわない姿勢が必要です。頼った人に断られる場合もあるでしょうが、それがきっかけで道が開けることもあります。

父親は、ヘルパーの料理に不満を言ったり、母親の残した畑を著者に手入れさせようとしたりします。主導権を握っている(つもりの)父親と、「そこまでやれないよ」という息子の攻防に、介護している人は身につまされます。

しっかりしていた父親にも、徐々に認知症の兆候があらわれ、前立腺がんのため余命1年と告げられたのが99歳の時です。著者は父亡き後にこの本を出版するつもりでいたのですが、父親の容態は安定し、百歳を機に出版することにした(2014年4月)と言っています。

自身の老いを感じながら介護に奮闘する姿に、同世代なら我が身に重ね合わせて、若い世代ならやがて自分にも起きることとして共感を持って読むことができるでしょう。良書です。

KAIGO LAB取材:E.Iさん(60代、嘱託職員)

うちの父もこうだったな…と思いながら読みました。家事なんかしたことが無い普通のおじさんの介護ぶりに、コンビニ弁当けっこうじゃないの、飲んでもいいけど飲み過ぎ注意!と突っ込みを入れながら読みました。

私は、ちょうど介護保険制度が始まった頃に、一人暮らしの父親を介護しました。

母が亡くなったときに父は90歳でしたが、実家は同じ路線の2駅先でしたので、通勤の途中や休日に行って掃除や買い物をし、作り置きの料理を届ける程度で済んでいました。ですが92歳になって、さすがに本人も心細くなり、私たち娘としても心配で、姉妹で相談のうえ私が55歳の区切りで早期退職して介護にあたることにしました。

私は5人姉妹の末っ子です。家が近い、子どもたちに手がかからなくなった、経済的にも不安は無い、と、条件はそろっていました。それに姉たちは、下手をすると本人が介護されるような歳でしたのでためらいはありませんでした。

この本のお父さんの言動に、父を思い出しました。

私の父も「他人が家に入るのは嫌」とヘルパーさんを頼むことに抵抗しました。やっと説得して受け入れたと思ったら、気に入らなくて勝手に断ってしまいました。何となく私にも父の気持ちが分かる気はしましたが、父のわがままに腹が立ったのも事実です。

もういいという父を押し切って新しいヘルパーさんに来てもらいました。今度はたいそうお気に入りで、たまたま私が居合わせると「E子、Aさんにお茶をお出ししなさい」などと言いました(笑)。

今でこそ笑い話ですが、当時は本当に腹が立ったものです。姉たちと電話で散々父の悪口を言って憂さ晴らしできたので助かりました。実の親子の良さは姉妹で悪口を言ったり、直接ぶつかったりしても、後に残らないことでしょうか。違う事情の家庭もあるでしょうが…。

これが、兄弟の奥さんだったりしたら、そうはいかないだろうなと思います。お嫁さんだったら舅の悪口は言えないだろうし、言ったとしたら実子は面白くないだろうし…。

私は、かなり恵まれた介護者だったと思いますので、あまり参考にはならないかと思いますが、父の面倒をみながら通信教育で資格を取りました。スクーリングや実習期間は父を姉たちに頼んで、衰えた頭にむち打って頑張りました。

父は96歳のときに風邪がもとであっけなく逝ってしまいました。姉たちとは「百は軽く超えるね」と言い合っていて、私もその覚悟で臨んだ介護生活でしたが4年ほどで終わりました。

私は現在資格を生かして仕事を続けています。先の見えない介護をしている人たちは、それどころではないという気持ちでしょうが、資格取得に限らず、「自分のため」に何かする時間を見つけることをお勧めしたいです。読書でもテレビでスポーツ観戦でもDVDで映画を観るでも、なんでもいいから無理にでも楽しいことをしてください。
 

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