閉じる

【書評30】『母と子への贈り物-ジブリ宮崎駿作品にこめられた思い』光元和憲著, かもがわ出版

母と子への贈物―ジブリ宮崎駿作品にこめられた思い
Amazon: 母と子への贈物-ジブリ宮崎駿作品にこめられた思い

育児本を連想しそうなタイトルですが、本書は、父母との関係に傷つき悩む人たちへの温かいメッセージです。

宮崎駿のアニメ作品にそって、親と子の関係が読み解かれていきます。読者は、アニメの場面を思い浮かべながら、自分自身の中の傷ついた子どもに出会えるかもしれません。

「毒親」という言葉がマスメディアで取り上げられて久しいです。それを皮切りとして、母を憎む娘のカミングアウト本、親子関係や家族関係を病ととらえる本が多数出版されています。

そういう報道や書物が入り口になって、自分を解放できる場合もあります。しかし、テーマの重さや論調の強さに、反発したり押しつぶされそうになる人もいそうです。

親との関係がうまくいかないと感じている人はたくさんいます。誰の周囲にも、父親あるいは母親が大嫌いという人がいるでしょう。極端には、親子の縁を切ってしまっている人もいます。それほどではなくとも「親に言われたあの一言が許せない」という思いを抱えているくらいのことは、誰にでもあると思います。

とはいえ、古今の文学作品を思い出すと、こうしたことは、それほど特殊な例でもなさそうです。親も不完全な一個の人間である以上、だれの心にも小さなトゲの一つや二つは刺さっていてあたりまえということを、こうした文学作品は伝えてくれています。

ただ、これがトゲでは済まない大きな傷になることもあります。家庭は温かく、親子は愛し合うのがあたりまえという社会通念が圧力になって、この傷を広げてしまい「親を愛せない自分」に苦しむ人も少なくありません。

本書は、このような心の傷を意識している人にも、意識していない人にも、温かく語りかけてくれます。「そんな傷はありません」という人であっても、ジブリ作品の解釈の一つとして興味深く読めるでしょう。

さて。

著者は、臨床心理士として、虐待された子供たちのための活動やカウンセリングを行っています。この活動を通じて、親子関係に苦しむ多くの人たちと接してきました。

生きる上での困難をかかえ、親との葛藤をかかえ、人との関わりに脅え、ときに失望し、生きる希望を見出せずにいた。そういう人たちに生きるうえでの夢や希望を提案する道を模索してきた。(p229要旨)

その道を探る中で『風の谷のナウシカ』(1984年)に出会い、自身が大きな悩みから開放された経験から、ジブリ作品に注目し読み解く作業を始めています。看護学校や大学での講義にジブリ作品を取り上げると、自分の言いたいことがよく伝わるという手応えを感じたそうです。以来、30年にわたって宮崎作品を読み解いてきました。

宮崎駿が『風立ちぬ』を最後の長編作品制作として引退表明(2013年9月)したときに、これで全貌が見渡せるとしてまとめられたのが本書になります。

2008年『崖の上のポニョ』公開の年に、宮崎駿はNHKの番組『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演しています。これを観た著者は、宮崎はアニメを作ることで無意識に「母との和解」を目指していると解釈します。

宮崎が六歳の頃、母親が全身の痛みに寝返りも打てないほどの重い病に倒れました。幼かった宮崎は母親におんぶをおねだりしましたが、母親は泣いて断らざるを得ませんでした。母親の入院は七~八年に及び、宮崎は母親に甘えることもできず(=親不在のテーマ)、無理して良い子を装い(=せかされた自立のテーマ)、しだいに屈折し、たどりついたのが、「生まれてこなければよかった」という思いだったといいます。(p4)

こうしたところから、著者は「宮崎駿はカウンセリングの絵画療法や箱庭療法のように「アニメ療法」を自分で自分に施し続けてきた」(p5要旨)と考えていきます。

著者は、宮崎のテーマを「母との和解」と「世界との和解」の二つだとしています。「生まれてこなければよかった」と言う思いも「世界との不和」ととらえ巻末でまとめていますが、本書では、おもに「母との和解」への道程を追っています。

本書には『となりのトトロ』『おもひでぽろぽろ』『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』『借りぐらしのアリエッティ』などが取り上げられています(なお『おもひでぽろぽろ』は高畑勲監督ですが、著者は「宮崎の心の傷をぴたりといい当てているように思える」(p84)としてピックアップしています)。

ストーリーにそって、親に甘えられない子どもが、甘えさせてくれない親を受け入れるまでの過程が読み解かれていきます。甘えさせられない親の事情や内面の問題も、細やかに分析しています。この親の内面に関する考察には、救われる人も多いような気がします。

ジブリアニメの中で、印象に残る作品やシーンは人によってちがうでしょう。そこはそれぞれだと思いますが、本書には、著者の心に引っかかったことが、深く掘り下げられていて、気づかされることがたくさんあります。

一つ、とりあげてみます。『千と千尋の神隠し』における母親の存在です。母親は、最初と最後のシーンにしか登場しません。しかし、モタモタする主人公の千尋に対する冷たい物言いは、多くの人に印象に残っていると思います。本書は、両親と千尋が現実の世界に戻る最後の場面を、千尋が母親を受け入れた瞬間として解釈しています。

「たしかにお母さんは冷たいひびきばかり送ってくるけど、でもこれが私のお母さんなんだ」という見極めです。母親の親としての限界、人間をひきうけていこうという覚悟です。(p136)

宮崎駿の言葉《底知れない悪意とかどうしようもなさとかっていうのがあるのは十分知っていますが、少なくとも子どもに向けて作品を作りたいっていうふうに思ったときから、そういう部分で映画を作るのはやりたくないと思っています》(前述番組中の発言, p229)に深く共感する著者の姿勢が、本書の基盤になっているのです。

大人になった私たちは「底知れない悪意」や「どうしようもなさ」を、嫌と言うほど知っています。確かに、この世界には嫌なことも、汚いところもあります。しかし、私たち人間には、それを受け入れてなお、前に進むだけの力も備わっているのです。

絶望もありますが、希望もあります。そしてどうせなら、希望の表現に寄り添っていきたいですね。

KAIGOLABの最新情報をお届けします。

この記事についてのタグリスト

PR