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【書評29】『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』永田久美子監修, harunosora

認知症の人たちの小さくて大きなひと言
Amazon: 認知症の人たちの小さくて大きなひと言

認知症について、ノウハウを集めた本は多数あります。医学的なもの、経験談的なもの、闘病記的なもの、様々です。こうした中にあって、本書は「特殊」な存在です。本書は、家族、医師、介護職などの認知症の人の周辺にいる多数の人(48人)が、個人的な想いを語っているものです。

これだけ多数の人の事例があると、自分の介護とよく似ているものを見つけることもできると思います。不思議ですが、実際に、そういう読み方をしてしまいます。そして「あっ、この人と同じだ!」というものに出会うと、自分の中から「孤独」が少しだけ減るような気がするのです。

本書の基本構成としては、見開きに特徴があります。ページを開くと、右側に、そのケースを象徴する「ひと言」が書かれています。そして、左側には、要介護者の周辺にいる人の想いが書かれています。見開きで、1つの物語が完結しているのです。

介護の中で、自分の気持ちが整わないときなど、適当にどこかのページを開いてみると、まず右側の「ひと言」が目に飛び込んできます。その「ひと言」が気になったら、左側を読むと、物語がはじまるという具合です。

認知症の人たちの小さくて大きなひと言

ですから本書は、最初から最後のページまで、順番に読んでいくという性格のものでもありません。どこでも、好きなページを開いて、見開きの2ページだけを拾い読みしていくような、そんな読み方ができるのが、手軽ですし、ありがたいです。

繰り返しになりますが、この物語を書いているのは、認知症の本人ではなくて、周辺にいる人です。大切なのは、周辺の人が、認知症をどのように受け止めたのかが記録されていることです。この受け止め方は、実に多様です。

美しい話ばかりではありません。後悔や悩み、失敗や文句など、ネガティブな感情もストレートに表現されています。文章は、説明的というよりも、詩的です。だからこそ、すんなりと入ってくる物語もあれば、拒絶したくなるものにも出会えます。

こうして一度は拒絶した物語も、実はとても重要です。拒絶もまた、感動だからです。ネガティブな方向であっても、心が動かされる物語には、私たちの奥深いところを「刺す」ものがあるのは事実です。ときに強い拒絶は、そこに真理があることの証拠にもなりえます。痛いところを突かれるからこそ、嫌でたまらないという場合もあるということです。

何度か読んでいると、本書にはまた別の魅力があることがわかります。それは、読者である自分もいつか、認知症になるのだという「当たり前の事実」です。多数の事例に触れるからこそ、自分だけ認知症から逃げられるわけではないこともはっきり理解できるのです。

はじめは、恐怖が想起されます。しかし、徐々にではあっても「覚悟」のような、不思議な落ち着きが得られるような感覚になります。もちろん、実際に自分が認知症になれば、そんな余裕のあることは言っていられないと思います。それでも確かに、どこか達観としか言えないものが、本書からもらえるのです。

最後に、個人的にいちばん好きな物語を1つだけ、引用しておきたいと思います(改行はKAIGO LABにて修正しています)。こうした好きな話に出会えたり、また、読むときの気分によっては、別の物語に惹きつけられたりもするのも、とても面白いです。

若年性アルツハイマー病のKさん。日中は自宅で一人です。60歳になったのを機に介護保険を申請し、デイサービスが使えるように準備したものの、Kさんは利用を拒否。

「自分にできる仕事があればしたい」とのことでした。そこで考えたのが、デイにお願いし、最初にKさんを迎えに行き、その後順次、他の高齢の利用者を迎えに行くことでした。

Kさんには「高齢者の介護を手伝う仕事」と伝えました。始めてみると、Kさんは力仕事や車いすの介助など、自分のできることを楽しそうにやってくれました。月末には、家族から預かった小遣いを事業所から”給料”として渡すことにしました。認知症になって数年働いていなかったKさんはとても喜びました。

最初の給料日のとき、Kさんは私にこう声をかけてくれました。「給料出たから飲みに行こうや」。居酒屋でおつまみを注文してくれるKさんは本当に楽しそうで、仕事仲間と飲みにいっていた当時の記憶がよみがえったようでした。

最後に給料袋からお金を出して支払いを済ませるKさんはちょっぴり誇らしげでした。そして、その日一番の笑顔でした。

『認知症の人たちの小さくて大きなひと言』p121

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